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186 雲集霧散

プロ野球のオープン戦は昨日で全日程を終了し、今週金曜日、セ・パ同時に公式戦の開幕を迎えます。
野球好きの私にとっては、心踊るシーズンの到来です。

両親の影響もあり、子供の頃からジャイアンツのファンでした。
最初にファンになったのは、背番号23番、槌田選手。
V9戦士と呼ばれる名選手が数多くいるなか、正捕手の森昌彦に隠れた槌田選手のどこに惹かれたのか定かな記憶はありませんが、私の中でジャイアンツのキャッチャーといえば槌田選手でした。

子供の頃、実家では読売新聞と報知新聞を定期購読していました。
ジャイアンツの記事が大きく取り上げられる報知新聞は、私の大きな楽しみでした。
朧気ですが、自分の名前の次に書いた漢字は「報知新聞」だっと記憶しています。

通っていた小中学校はグラウンドが狭く、野球部がありませんでしたが、週末は、野球好きの友達と近所の公園や河川敷などでよく遊びました。

そして、社会人になって間もなくのこと、草野球チームを結成しました。

チーム結成の由来を説明するのは若干難儀ですが、ざっくり言うと、某高校の野球部仲間だった「ワビ」と「キヨちゃん」が高校卒業後偶然再会した際に、各々の友人を誘い合って野球をやろうと計画したことに端を発します。
私は「ワビ」の中学の同級生で、河川敷で一緒に野球に興じた仲間。
しかも、当時の私のポジションは、草野球では不人気なキャッチャーでしたので、お声が掛かったのだと思います。

チーム名は「インパルス」。
謂れは、山口百恵さん主演のドラマです。

ユニフォームは赤を基調にすることが何故か先に決まっていて、チーム名はその後に検討されました。
某ファミレスで行われた協議の席で、ドラマ「赤いシリーズ」から命名してはどうかと、私が提案しました。

真っ先に上がったのは「赤い疑惑」。
「ダウト」じゃチーム名にならないっしょ、と批判され、じゃあ「赤い衝撃はどう」と私が言うと、仲間が「衝撃って英語でなんつうの?」

「インパルスだよ」

と答える私に皆が賛同し、「インパルス」と命名されたのです。

今にして思うと、衝撃は「impact 」で、「impulse」は衝動じゃないかと・・。
しかも、 なにゆえ複数形ではないのか?
でも「インパルスィス」じゃ舌噛んじゃうか・・。
その前に、疑惑は「doubt」で終わっちゃったけど、「Suspicion」は誰の脳裏もかすめなかったのか・・。
問題点が数多浮かび上がります。

当時、スマホがあれば、赤い迷路、赤い激流、赤い激突など、多くの候補から選ぶこともできたでしょう。
赤い運命の「デスティニーズ」なんて、格好良かったのに・・と思います。
テーマソングはユーミンのDestiny。

チーム名の由来に粗忽さは拭えませんが、我がインパルスは、足立区軟式野球連盟で一時代を築いたのも事実です。

冒頭で説明した通り、構成メンバーは、結成当初から「友達の友達の寄せ集まり」でした。

その輪は、年を追うごとに広がりました。
私は監督という立場でもあったので、チーム内を最も把握していたのですが、その私ですら、どんな経緯で仲間になったのか掴みきれないメンバーもいました。

あちこちから集まった仲間でしたから、バラエティ豊かな面々でした。

野球はお世辞にも上手ではないのにスコアブックを書かせるとピカイチだったYO君。
ライバルチームにいたのに、いつの間にか我がチームに入ったKK君。
腿を高く上げてベースランニングする元陸上部のHI君。
超でっかいホームランを4年に1度打つYI君。

41歳で孫が生まれたなんて奴もいましたが、すっかり名前は忘れてしまいました・・。

そして、我がチームで不動の4番に君臨していたのは、先に登場した「キヨちゃん」。
そのキヨちゃんについては、改めて紹介したいと思います。

184 一意奮闘

2月1日。
東京では今年も多くの私立中学校で入学試験が行われました。

私のセガレも5年前に経験しました。
もう5年も経ったのか、というのが正直な感想です。

セガレの学校では、入試の手伝いをするのは高校2年生という決まりがあるそうで、自ら申し出たそうです。

受験前々日、机と机の間にアクリル板を設置するなど、主に教室の準備を手伝いました。
そして、受験当日は、例年ならば教室から答案用紙を回収する役割なのですが、接触を減らすため、今年は裏方の仕事に徹したとのこと。
コロナ対策に、ずいぶんエネルギーを消費したことと思います。

一方の受験生も、ここに至るまで、数えきれない苦労があったと察します。
間違いなく、対面授業は減ったでしょう。
模擬試験は通常通り行われたのでしょうか・・。
仲間と切磋琢磨する機会が、例年よりも奪われたのでは、と心配です。

セガレの学校の合格発表は、試験翌日の2月2日。
即ち、即日採点をする訳です。

毎年、先生方は夜遅くまで採点作業に追われ、終電で帰ることになるのだそうです。
しかし、今は終電時間が若干早まっているご時世ですから、例年以上に早く作業をしなければなりません。

新型コロナにより、入試を受ける側にも迎える側にも、火の粉が及んでいます。
なんか無性に悔しく思います。

因みに、受験生が最後の科目「理科」の試験を受けているとき、入試の手伝いをした学生に、学校からお弁当が支給されたそうです。
うな重が出るらしいぞ、との噂を聞いていたそうですが、今年も出ました「うな重」。
学生に配られるのだからダイエットしたうなぎだろう、と思いきや、めっちゃ美味かった!と申しておりました。
セガレたちがどれほどの役に立ったのかは疑問ですが、学校側の配慮に感謝ですね。

さて、それでは最後に、本日の入試問題から、算数の問題をひとつご紹介します。

2021、6564のように、連続する2つの2けたの整数を並べてできた4けたの整数を考えます。

⑴このような整数は何個ありますか。

⑵このような整数すべての平均を求めなさい。

⑶このような4けたの整数のうち、47の倍数をすべて求めなさい。

紙と鉛筆を持ち出して真剣に考え、⑴と⑵は解けました。

そして、⑶は、「今年は2021年だから、大抵こういう数字が答えになるもんだ」と高を括って2021を47で割ってみると・・、

やっぱりね、割り切れました(ドヤ顏)。

設問の冒頭に表示しちゃったりして、なんてことないなと思いつつ、先に進みます。
えーと、最初の2つの数字があとの数字より小さい場合、例えば2021なんかは「100a+a+1」と置き換えられるから、即ち、これが47の倍数になればいいわけで、ん??ありゃりゃ・・・・。

結局ほかの値は、分かりませんでした・・。
すべて求めよ、ですから解がひとつであるはずがありません。

正しくは、2021を含めて、全部で4つあるのだそうです。

小学6年生が挑む問題、なかなか侮れませんね・・。

181 鳶目兎耳

若い頃、視力には絶対の自信がありました。

車を運転していると、同乗者が驚くほど遠くの標識が識別できました。
また、大学時代は試験中に周囲の答案を拝覧し、単位取得にずいぶんと役立ちました。
視力検査で1.5以外を計測した記憶はありません。

一方、聴力にも長けていたと思います。
目を瞑って集中した時は、人並み以上の知覚能力があったと自負しています。

ところが、30代後半で老眼の症状が現れ、今は食事の際も老眼鏡が手放せません。

そして、数年前から、補聴器も使用するようになりました。
補聴器無しでは生活できない、というレベルではありませんが、左耳が軽度の難聴です。

補聴器は大きく分けて「耳かけ式」と「耳あな式」がありますが、私は耳かけ式を使用しています。
下は、私が使用している補聴器のメーカー・Widex社の公式サイトに掲載されているイラストです。

出典:https://www.widexjp.co.jp/ha_choice/about/features.html

①のマイクで音を拾い、ベージュ色で表示された本体部分にアンプの機能が内蔵されていて、⑤のレシーバーから音が出る仕組みです。

私の補聴器の本体部分の長さはおよそ2.5cmですから、小豆大のサイズといったところでしょうか。
非常にコンパクトなサイズです。

小さいだけではなく、色も10種類以上ラインナップがあります。
赤やグリーンといった女性を意識した色もあり、肌に同化したベージュ一辺倒だったひと昔前とは全くの別物、と言えるかと思います。
因みに、私の補聴器はグレイです。

装着方法は、本体部分を耳の後ろにセットし、釣り糸のような細いチューブで繋がったレシーバーは耳の穴に入れます。
本体は耳の裏側ですから、顔の正前からは見えませんし、髪が長い人なら完全に隠れてしまいます。
私も本体が隠れるように髪を少し伸ばしたこともありますが、某オフィスの庶務課長さんから「変な髪型してるね、鏡見た?」とイジられて以来、要らぬ抵抗は止めました。

ところで、今年は私のような耳かけ式補聴器のユーザーは、すこぶる困った事態に陥っています。
マスクを外す際に、補聴器が耳から外れてしまうため、私は8ヶ月以上補聴器が使用できずにいます。
慎重にマスクを外せば済むことですが、補聴器は使用感がさほどないので、外すたびに補聴器に注意を向けるのは現実的ではありません。
ましてや補聴器は高価なので、落下したら一大事です。

耳あな式補聴器ならば、マスクとの相性も悪くないと思います。
しかし、マスクのゴムを耳に掛ける以上、耳かけ式補聴器は大問題です。

これまでは、マスクが必要になるインフルエンザの時期だけ補聴器なしで生活していましたが、常時マスクが手放せない時代になり、非常に困っています。

そこで、補聴器の代役として、「オリーブ スマートイヤー」という集音器とも言えぬ商品を購入してみました。
耳の穴にスポッと入れて使用し、スマホで様々な設定ができる先端的な製品です。
https://www.olive.store

正直言って、難聴の補助役としては、補聴器の方に軍配が上がります。
補聴器は個々の症状に合わせた設定をしますので既製品の範疇ではありませんし、管理医療機器です。
そもそも価格にかなりの差があります。

ただ、オリーブスマートイヤーは、Bluetoothでスマホと繋ぐので、ワイヤレスで通話ができたり、音楽を再生できたりする点は非常に便利です。

色は白と黒があって(私は白を購入しました)、若者のワイヤレスイヤホンと見まがうような今ドキの形状をしています。

先週末、オリーブを装着して会社へ向かおうとする私を見て、カミさんがクスクス笑っています。
「R-1のキャップを耳にはめているのかと思った(笑)」。

ファッショナブルな中年を目指しましたが、遥けき夢だったようです。

出典:https://www.meiji.co.jp/dairies/yogurt/meiji-r1/product/

180 無病息災

私の義母は満80歳になります。
若い頃から、風邪もほとんど引かない、元気印の老媼です。

具合が悪くてダラダラしている姿が嫌いで(これを本人は「クタクタしている」と表現します)、風邪気味で声が嗄れていても風邪なんか引いていない!と言い張り、肩こり、不眠症、便秘、冷え性などにも縁が無く、概ね元気に齢を重ねてきました。

しかし、ここ数年、医者通いを強いられています。

糖尿病の疑いで近所の医院へ行った際、「私は内科医になって☆☆年が経つけれど、こんな酷い血糖値は見たことがない!」と医師から叱られました。

また、ここ数年は血圧が高く、降圧剤を処方されています。

そして、ヘモグロビン値が低いので、めまいの検査を受けるようにと紹介された大学病院では、「この数値で、本当に自覚症状はないの?」と言われたそうです。
この病院へはその後も定期的に通院していますが、先日、予定の時間になってもなかなか帰宅しませんでした。
あとで話を聞くと、検査結果が更に悪化していたため、急遽輸血をすることになって時間を要したとのこと・・。

そこで、義母に携帯電話を持ってもらうことにしました。
そもそも、近くへ買い物に行ったきり長時間帰宅しないこともしばしばなので、今後は周囲の心配は軽減されそうです。
ピンク色のらくらくホンをプレゼントし、基本的な発信と着信方法だけをご教示しました。

そんな義母の最大の趣味は「食べること」。
そして、特徴は「ややずぼらなところ」。

糖尿病などどこ吹く風で、食べたいものを食べ、間食も楽しみ、一方、食事前のインスリン注射を怠ったり、薬の服用がちらほら抜けたり・・。
緊張感はさほど感じません。

ただ、そんな若干いい加減なところが、元気の秘訣なのかも知れません。
検査結果に一喜一憂したり、病気のことが始終頭から離れないよりも、少しあっけらかんとした思考が、ほどよく元気を保っているように思います。

コロナのために、会食をずっと控えてきましたが、先日、久しぶりに食事に誘いました。
義母の大好きなホテルのビュッフェ、とはいきませんでしたが、家の近所の和食屋でランチコースをいただました。

デザートを食べてそろそろお開き、というタイミングで、私たち夫婦の結婚25周年へのお祝いをいただくサプライズがありました。

そう、銀婚式です。

義母の傘寿のお祝いもできずにいたなか、逆にお祝いをいただきとても恐縮しました。

1995年11月5日、日曜日、先負。

目黒雅叙園で挙式を行ったあの日から早25年。
私は当時の父の年齢を超え、カミさんは母の年齢を超えました。

披露宴に出席していただいた方で、その後、鬼籍に入った方が少なからずいらっしゃいます。
特に、先日長姉が亡くなったことで、父はすべての兄弟を失いました。
母方も、体調の優れない弟が1人残るのみです。
時の流れの儚さを、しみじみと感じます。

家族元気で仲良く過ごしていることが最大の親孝行だ、と母は言います。

25年の間には、私が入退院を繰り返した時期や、カミさんのメンタルが不安定な時期がありましたが、セガレも含め、元気に日々生活が送れている今を、有難く思います。
コロナ禍にあって、健康の大切さを改めて考えさせられています。

179 眉目秀麗

うちのカミさんは子供の頃「むずむず脚症候群」だったそうです。
昼寝をしなさいと言われたのに、脚がむずむずして寝られないことが頻繁にあったそうで、大人になってからその病名を知ったそうです。

専門サイト・ムズムズドットコム(http://muzumuzu.com)によると、

この病気は女性の方が男性よりも1.5倍程度多く、また患者さんは40歳代以上の中高年で急激に増加し、年齢が高くなるほど増加していく傾向があります。多くはありませんが、小児や児童でもむずむず脚症候群になることがあり、学校の授業に集中できないなど日常生活に影響が出る場合もあります。

中高年に多いものの小児でも罹患するとのことですから、カミさんはこの病だったのかも知れません・・。

ところで、この「むずむず脚症候群」もそうですが、やや変わった名称の病名ってありますね。

 

サザエさん症候群

日曜日の夕方になると、週明け月曜日からの仕事のことを考え、憂鬱な気分に陥ってしまうという症状。
この傾向は海外でも同様で、英語圏では『Sunday Night Blues(日曜の夜の憂鬱)』と呼ばれるなど、週明け以降の業務のことを考え、暗い気分に陥ってしまう方が一定数存在すると思われる。

サザエさんが、毎週日曜日の18:30からテレビで放映されていることが命名の由来のようです。
私がその症状に陥ったら、「笑点症候群」かなと思ったりもしています

 

ピーター・パン・症候群

1970年代後半アメリカで誕生した言葉で、大人の年齢に達しているにもかかわらず、精神的に大人になれず仲間に入ることができない男性のこと。現代では、大人になることを拒み現実逃避する傾向のある男性を指す。
言動が子供っぽいというのが特徴で、それゆえ、精神的・社会的・性的な部分にリンクして問題を引き起こし易いと考えられる。

無邪気にはしゃいだり、些細なことも楽しむ「子ども心」は、人生を豊かにするファクターだと思いますが、どうやら概念が異なるようです。
また、単なるマザコンと括ることも誤りのようです。
「見た目は子ども、頭脳は大人」の名探偵コナンの逆バージョン?と思ったりもしましたが、これも適切ではなさそうです。

 

不思議の国のアリス症候群

主な症状は、目の前の人や物が急に大きく見えたり、小さく見えたり、ゆがんで見えたりするというもの。
また、空中を浮遊しているような感覚や、自分の姿を見下ろしているような離人症状が表れることもある。
原因ははっきりと分かっていないが、エプスタイン・バー(EB)ウイルスに感染することで、脳の表面に位置する大脳皮質と呼ばれる部分に広範囲にわたって炎症が生じ、知覚異常が引き起こされるからではないかとの説がある。

実は私、子供の頃、これに似た経験があります。
体調を崩したときにだけ、決まったキャラのオジサンが部屋の隅に見えるのです。
健康な時には遭遇したことがないので、体調と何らかの繋がりがある症状だったに違いないと思います。

 

ナイチンゲール症候群など

ナイチンゲール症候群とは、看護提供者(通常は看護師)が患者に対して、基本的なケア以上の関係がないにもかかわらず、恋愛・性的感情を抱いてしまう状況を指す。
その感情は、通常患者が回復したり助けを必要としなくなった段階で徐々に失せていく。

私の親友のI君は、高校生のとき大学病院に入院し、退院後、病棟でお世話になった看護師さんと交際に発展した武勇伝の持ち主です。
新人の看護師さんだったとしても、5歳以上年上です。

若い頃、私の周囲でモテた男といえば、I君の右に出る者はいません。
一緒に遊んでいても、カッコイイと評されるのはいつもI君で、私は決まって「面白い人」止まり。
冷静に比較すれば、私よりも明らかに手足が長く、目も格段に大きい。
さらに、口調も穏やかで優しい気質ですから、抵抗の余地はありません・・。

カッコイイと言われたい、という望みはとうの昔に捨てましたが、「面白いオッサン」は、もうしばらく維持したいと思っています。

出典:
むずむず脚症候群 http://muzumuzu.com
サザエさん症候群 http://work-switch.persol-pt.co.jp/anti-sazaesan-syndrome/
ピーター・パン・症候群 https://www.hospita.jp/disease/2191/
不思議の国のアリス症候群 https://medical.jiji.com/topics/1430
ナイチンゲール症候群 https://www.weblio.jp/content/ナイチンゲール症候群

172 解衣推食

新型コロナウイルスの感染拡大により、世界中が甚大な被害を被っています。
我々の業界も、もちろん例外ではありません。

全日本印刷工業組合連合会が行ったアンケートによると、4月時点の売上への影響は「前年同月と比べて大幅に減少した」と回答した組合員企業は60%で、「僅かに減少した」の31%を合わせると9割以上が影響を受けました。

また、日本製紙連合会の紙・板紙需給速報によると、4月の印刷・情報用紙の国内出荷は前年同月比19.7%のマイナスでした。
とりわけ大幅な減少だったのは、カタログやチラシに使われる塗工紙で、25.9%減となりました。

4月上旬には、日本印刷産業連合会会長が新型コロナウイルス感染症の陽性が判明したとのニュースもありました。

一方、海外では、アメリカのビジネスや技術ニュースの専門ウェブサイト「Business insider社」が今年2月、「今後10年で雇用が大きく減少する20の産業」を発表しました。

上位はアパレル関連が多くを占めますが、印刷業界は堂々の14位。
印刷機のオペレーターは2028年までに11.8%雇用が減少、製本関連では労働者が15.2%縮小する可能性が高いと予想されています。

そもそも衰退産業の印刷業界は、新たなウイルスとの戦いでさらに厳しい状況に追い込まれています。

しかし・・、
負の要因ばかり考えていては、先に進めません。

とにもかくにも、弊社は社員が誰ひとり感染せずにここまで来られました。
元気ならば、頑張れます。

非常事態宣言は解除されました。
今日から月も変わりました。
積極的な営業活動はまだ憚られますが、気持ちを新たに明日に向けて歩みを進めていきたいと思っています。

この新型コロナウイルスとの戦いは、ある程度長期戦になることでしょう。
しかし、ポストコロナの時代が必ず到来します。
そして、その姿は従来とは大きく転変することでしょう。

「我々は今、歴史的岐路にいる」という表現は満更大げさではないかも知れません。

在宅勤務やビデオ会議の習慣化、大都市への一極集中の緩和などの労働環境における変化のみならず、人々の価値観にも大きな変化が生じているようです。

即ち、ステイホームを通して、これまでの無駄な消費や生活習慣が浮き彫りになり、簡素な方向へ舵を切る人が増えると言われています。

私も緊急事態宣言下にあって、思うことはありました。
飲食に耽溺していたかな・・。
不要な買い物をしていたな・・。

そして、何よりも強く感じたのは「人との関わりや繋がりの大切さ」です。

料理はテイクアウト、買い物は通販で置き配。
こればかりでは飽きてしまうし、充実感や満足感が足りません。
皆で楽しみ、繋がりが実感できることを求めるのは、いたって自然な流れでしょう。

今後は、個々人が自主的な管理のもと価値観を創造していく時代になるのだと思います。

171 茫然自失

新型コロナウイルス感染拡大により、我々の生活は一変しました。
GWが「我慢のウィーク」と呼ばれたように、多くの忍耐を強いられています。

パチンコ店やカラオケ店、スポーツジムの休業は、個人的には影響ありませんでした。
博物館や美術館も、さほど不自由を感じませんでした。
また、多くの人に支障をきたした、居酒屋やパブの類いも、下戸の私には何ら問題ありません。
酒が飲めない体質も、このご時世、案外悪くないかも知れません。

ただ、ドトールやスターバックスをはじめ、弊社近隣のブルーボトルコーヒーやオールプレスなど、コーヒー店の休業は痛かったですね。
仕事中、美味しいコーヒーが飲みたい欲求を叶えられなかったことが、最も不便を感じた点かも知れません。

また、生活面での大きな変化は、弁当を持参するようになったことでしょうか。
既に1ヶ月半ほど続いていますが、私の時間に合わせて朝5時半起床のカミさんには感謝です。

行きつけの蕎麦屋さんやラーメン屋さんに行けないのはちょっと寂しいけれど、カミさん手作りの弁当は、食の安全という面ではピカイチです。

弁当は高校生の時以来ですが、当時との大きな違いは、今は温かいご飯が食べられること。
ご飯が冷たいか温かいかは、雲泥の差がありますね。
THERMOS社製の弁当箱は、優れものです。

それから、我慢していたのは美容院でしょうか。
通常は4〜5週間に1度のペースで髪を切りに行くのですが、昨日、7週ぶりに行ってきました。

美容院へ入ると、まず手洗いを促されました。
そして、入口のドアは開けっ放し。
15年近く通っている美容院ですが、これまでとは状況が一変していました。

「やまださん、お久しぶり。今日、窪田正孝みたいにしてもいい?」
美容院の先生にそう言われたものの、窪田正孝さんの髪型が頭に浮かびません。

そもそも私は、美容院でああしてこうしてと注文するのが苦手です。
信頼している美容師の先生に、いつもお任せしています。
この日も先生に全て委ねました。

「奥さんと息子さん、窪田正孝のこと知ってるでしょ。家に帰ったら、誰の髪型にしたか、家族の皆んなに聞いてみて。ゼッタイ当たると思うよ!」

美容院を出てから「窪田正孝」とググってみると、ん、なるほど、ちょっと似ている気がします。
「先生、やるじゃん」と思いながら、帰路につきました。

帰宅後、早速カミさんとセガレに尋ねてみました。
するとカミさんが・・、

「分かった!コボちゃん!!」

NHKの朝ドラの主人公になりきって帰宅したのですが、読売新聞の4コマ漫画との評価でした・・。
2回り以上も年下の人気俳優さんですから、所詮ムリがありました・・。

167 盲亀浮木

京都駅から北北東へ約1.5km。
五条富小路を少し下ったところに、上徳寺という小さなお寺があります。
子授けや安産祈願の信仰が篤く、「京の世継ぎさん」と呼ばれ親しまれています。

2003年1月、カミさんと京都を旅行した際、ふとしたきっかけで立ち寄り、祈願しました。
すると驚くことに、その年の10月にセガレを授けてくださいました。
以来、ほぼ毎年御礼に詣でています。

観光寺ではありませんので、普段はひっそりと静寂を保つお寺さんですが、毎年2月8日は「世継地蔵尊大祭」が行われ、この日ばかりは大勢の人で賑わいます。
これまで見学する機会はなかったのですが、今年は8日が土曜日と重なったため、意を決して弾丸ツアーを敢行しました。

2月8日は一億日分もの功徳が得られるとされる「一億功日功徳日(いちおくこうじつくどくび)」。
世継地蔵尊の功徳を讃えて、ご利益を祈願します。

午前10時、地蔵堂で「十種福祈願法会」が始まりました。
普段は中を見ることのできない地蔵堂の扉が開いており、安置されている世継地蔵様に初めて拝見の栄に浴することができました。
写真に収めたい気持ちをグッと堪え、心に深く刻んできました。

法会は5人の僧侶が地蔵堂の中へ入り、お経を唱えました。
私はお堂の右手前最前列でその様子を見届け、世継地蔵様に手を合わせ続けました。

また、境内では酒粕汁や多幸焼(たこ焼き)も振る舞われていました。
私も「多幸焼」を少しだけいただきました。

午後2時からは、拝殿前で「柴灯(さいとう)護摩供養」が行われました。
まず、山伏が四方に矢を放ち、穢れを祓います。
そして、松明で火が灯されると白煙が上がり始めました。
その後、次々に護摩木が火中に投げ入れられると、煙はさらに勢いを増し、風向きによっては目が開けられないほどでした。

たくさんの護摩木には、私が家族の願いを記してお納めした3本も含まれています。
30分ほどで全てが無事に炊き上げられ、護摩供養は終了しました。

最後の写真は、煙りを浴びて涙が止まらなくなったため、少し離れて撮った1枚です。
ハンカチを目に当て一息つくと、着ているコートにたくさんの煤が付いていることに気付きました。
これも御利益の一部と思い、さして気にすることなく夕方の新幹線に乗ると、コートの中に着ていたセーターまでもが、煙と焦げの混じった独特のにおいを放っていることに気付きました。
周囲への影響を考え、車内ではセーターを脱ぎ、帰宅後は大量のファブリーズを噴射しました。

慌ただしい旅ではありましたが、お地蔵様を拝顔し、またいつもと全く違ったお寺の光景を見ることができ、大変有意義な週末となりました。

そして今日、そのセーターを着ると、微かに煙の残り香がしました。
半月経ってからもう一度思い出に浸ることができ、少し得した気持ちになりました。

165 天地神明

お正月は家族揃って靖國神社に初詣に出向くのが、子供の頃のならわしでした。
ここには父の名付け親が眠っているのだと、聞かされていました。

そして、父は参拝が済むと、兵隊さんの書いた手紙が掲示された前で足を止め、必ず目を通すのでした。
拝殿の手前、中門鳥居の脇に掲示されているこの手紙を、私も必然的に読むようになりました。

まもなく命の灯が消えようとしているなかで、肉親に宛てた最後の書簡です。
読み進むにつれ、胸が張り裂けそうな思いになります・・。
父の名付け親も、どこで、どのような状況で散華したのでしょうか・・。

50歳を過ぎてから神社巡りが趣味になりましたが、ひょっとすると、この初詣が原点なのかも知れません。
少なくとも、護國神社を参拝するようになったのは、靖國神社が礎だと思います。
宮城、栃木、千葉、埼玉、山梨、静岡、廣島など、既に11箇所を巡りました。

しかし、全国には50以上の護國神社があります。
全てを参拝することは無理かと思いますが、その地方を訪れた際には、足を伸ばすようにしています。

ところで、神社で手を合わせるにあたり、私はお賽銭を100円と決めています。
従って、神社を巡るぞ!と決めた日は、100円玉をしこたま持参します。
御朱印をいただく際、お釣りのないようにしたいのも、もうひとつの要因です。

ご縁があるようにとお賽銭には5円玉が重宝がられていますが、先日、出雲大社の公式サイトが正しいお賽銭について明確な回答をしていると、ネット上で話題になっていました。

以下、出雲大社公式サイト「よくあるご質問」からの抜粋です。

お賽銭を5円にすると「ご縁がある」とか、「二重にご縁があるように」と25円、「始終ご縁があるように」と45円、「これ以上の硬貨(こうか=効果)はない」と500円などと、ガイドの方がおもしろおかしく話を作って案内されるのを聞くことがあります。 これは、まったく根拠のないおもしろおかしくしようとの“ためにする”語呂合わせにすぎません。大切なのは神様に対して真摯な気持ちでお祈りをし、その気持ちをもって日々の生活を送ることです。祈りの心はお賽銭の金額によって、まして変な語呂合わせで左右されるものではありません。

正に反論の余地なし、ですね。

真摯な気持ちでお祈りをし、その気持ちをもって日々の生活を送ること。

この一文は、改めて胸に留めておかねばなりません。
今年のスローガンにしようかと思っています。

164 三思後行

国内のチーズ消費量が、4年連続で過去最高を更新しているとニュースで知りました。

消費を支えているのは、中高年層だそうです。
「カマンベールに認知症予防効果」「ブルーチーズに血管年齢若返り効果」などの健康効果報道が売上げ増に寄与したと言われています。
原材料価格の上昇などにより乳業大手は値上げをしましたが、中高年層の購買意欲が勝ったと言えるでしょう。

かくいう私も、最近になって、チーズをよく食べるようになりました。
休みの日、おやつ時にカマンベールチーズをひと欠片、楽しんでいます。

きっかけは、糖質オフのお薦めおやつとして、チーズが取り上げられていたから・・。
「健康志向の中高年層」のベン図のド真ん中ですね。

ただ、チーズフォンデュはダメです。
熱せられた鍋から蒸発するワインが、下戸の私には我慢なりません。

グラタンやリゾットも、どちらかと言えば苦手です。
猫舌のくせに早食いの私には、厄介なメニューです。

子供の頃は、チーズがキライでした。
一方、父は、毎朝食べていました。

かまぼこのような形をしたチーズを、果物ナイフでスライスして食べるのですが、ネチネチした食感と、歯にまとわりつくのが苦手でした。
剰え、時間が経ち、周囲がカピカピになって若干透き通ってくると、耐え難い気分でした。

尤も、昭和40年代は、家庭で食べるチーズはせいぜいそんなものだったのかも知れません。
モッツアレラチーズやマスカルポーネチーズなんて、知るよしもありませんでした。

ところで、チーズといえば、写真撮影の決め言葉ですね。
「はい、チーズ」は時代を超えて、使われているのではないでしょうか。

はるか昔、何らかの学校行事で集合写真を撮った際、カメラマンが我々生徒の期待を裏切るセリフを発しました。

「じゃあ、皆さん、撮りますよ。せーの、1たす1は??」

はいチーズを予想していた生徒は不意を突かれましたが、一瞬考えた後、

「にー!!!」

理解できた生徒とできなかった生徒の顔は対照的でしたが、キョトン顔と笑顔が混在する、珠玉の1枚となりました。
カメラマンの技術に脱帽です。

ときに、家族でハワイに行った際、カメラのシャッターを押してくれと頼まれました。
中国からと思しき観光者でした。

「One, Two, Three, Push!!  All right?」

いちにのさん、でシャッターを押すぞ、と言いたかったのです。

「ワン・・、トゥー・・、スリー・・、フォー・・、ファイブ・・・・・・」

アレ、全然ウケない・・。

「マサミ、ファイブくらいまで数えれば全員笑うこと請け合いだ!!」
とロサンゼルスで仕込まれた撮影術なのですが、全員ポカン顔の1枚になってしまいました。
ギャグのセンスが国民性に合わなかったのか、私の英語力に問題があったのか・・。

ところ構わず、何でも言えばいいというものではありませんね。
カメラを返すときの気まずさは、今も覚えています。