カテゴリー別アーカイブ: 吃驚

167 盲亀浮木

京都駅から北北東へ約1.5km。
五条富小路を少し下ったところに、上徳寺という小さなお寺があります。
子授けや安産祈願の信仰が篤く、「京の世継ぎさん」と呼ばれ親しまれています。

2003年1月、カミさんと京都を旅行した際、ふとしたきっかけで立ち寄り、祈願しました。
すると驚くことに、その年の10月にセガレを授けてくださいました。
以来、ほぼ毎年御礼に詣でています。

観光寺ではありませんので、普段はひっそりと静寂を保つお寺さんですが、毎年2月8日は「世継地蔵尊大祭」が行われ、この日ばかりは大勢の人で賑わいます。
これまで見学する機会はなかったのですが、今年は8日が土曜日と重なったため、意を決して弾丸ツアーを敢行しました。

2月8日は一億日分もの功徳が得られるとされる「一億功日功徳日(いちおくこうじつくどくび)」。
世継地蔵尊の功徳を讃えて、ご利益を祈願します。

午前10時、地蔵堂で「十種福祈願法会」が始まりました。
普段は中を見ることのできない地蔵堂の扉が開いており、安置されている世継地蔵様に初めて拝見の栄に浴することができました。
写真に収めたい気持ちをグッと堪え、心に深く刻んできました。

法会は5人の僧侶が地蔵堂の中へ入り、お経を唱えました。
私はお堂の右手前最前列でその様子を見届け、世継地蔵様に手を合わせ続けました。

また、境内では酒粕汁や多幸焼(たこ焼き)も振る舞われていました。
私も「多幸焼」を少しだけいただきました。

午後2時からは、拝殿前で「柴灯(さいとう)護摩供養」が行われました。
まず、山伏が四方に矢を放ち、穢れを祓います。
そして、松明で火が灯されると白煙が上がり始めました。
その後、次々に護摩木が火中に投げ入れられると、煙はさらに勢いを増し、風向きによっては目が開けられないほどでした。

たくさんの護摩木には、私が家族の願いを記してお納めした3本も含まれています。
30分ほどで全てが無事に炊き上げられ、護摩供養は終了しました。

最後の写真は、煙りを浴びて涙が止まらなくなったため、少し離れて撮った1枚です。
ハンカチを目に当て一息つくと、着ているコートにたくさんの煤が付いていることに気付きました。
これも御利益の一部と思い、さして気にすることなく夕方の新幹線に乗ると、コートの中に着ていたセーターまでもが、煙と焦げの混じった独特のにおいを放っていることに気付きました。
周囲への影響を考え、車内ではセーターを脱ぎ、帰宅後は大量のファブリーズを噴射しました。

慌ただしい旅ではありましたが、お地蔵様を拝顔し、またいつもと全く違ったお寺の光景を見ることができ、大変有意義な週末となりました。

そして今日、そのセーターを着ると、微かに煙の残り香がしました。
半月経ってからもう一度思い出に浸ることができ、少し得した気持ちになりました。

166 夏炉冬扇

今日はトイレについて書き散らします。
ネタがネタだけに、いつにも増して低劣になることを心していただきたく存じます。

近年、公衆トイレに、下図のような「あさがお」が心なしか増えているように思います。
初めて使用した時、便器に近づきやすい構造だなと感じました。

出典:LIXIL公式サイト(https://www.lixil.co.jp/lineup/toilet/hl/sensor_stall_urinal/)

LIXILの公式サイトによると「近寄りやすく使いやすい形状」に設計されているそうです。
設計者の意図を、私はしっかりと汲み取ることができた、という訳です。
そして、こんな説明がついていました。

手元はゆったり、足元はすっきりのアプローチしやすいデザイン。天面はカーブ形状で鉢内を確認でき的外ししにくく、他人からの視線が気になりにくいよう、しっかりストールを配置。

「的外し」。
さすが専門業者。
説明しづらいことを、さりげなくスマートに表現しますね。
なかなか心憎い形容です。

心憎いといえば・・・・、
10年以上前、レストランのトイレで用を足していた際、「あさがお」のすぐ上にこんな貼り紙を見つけました。

Please come close. Your Tomaholk is not so big.

こういうトーンだと素直に協力する気になりますね。

人はダメと言われるとかえって興味を掻きたてられ、逆の行動に走るという心理現象があるそうです(カリギュラ効果)。
浦島太郎は箱を開けてしまったし、鶴の恩返しでは心騒ぎを抑えられず機織り中の娘を覗いてしまいましたね。

この頃の「あさがお」は近づきにくい形状だったため、必然的に掃除が大変だったのでしょうか。
あるいは、心ないお客さんが多いために業を煮やしたのでしょうか。

使用する側は、自宅のトイレと同じ心積もりで用を足さねばいけませんね。

心積もりといえば・・・・、
ここ数年、会社のトイレ掃除を進んで行うようにしています。
ずっと女性社員に任せてきましたが、これではいけないと遅まきながら改心したのです。
自分で掃除をしてみると、その苦労が分かります。
30年以上も汚すだけの立場だったことを、今更ながら心苦しく思っています。

心苦しいといえば・・・・、
私は目黒雅叙園で結婚披露宴を行いました。
ここの1階にあるトイレは、用を足すのが心苦しいと感じるような豪華さです。

工費1億円とも噂されるトイレには、川が流れ、朱塗りの橋が架かっています。
個室のドアも朱塗り。
天井には金箔に包まれた美人画。

日本一きらびやかでゴージャスなトイレではないでしょうか。

披露宴に招いた友人には「必ず1階のトイレに入ってから帰ってね」と伝えました。
ひょっとしたら、皆の心に残ったのは宴よりもトイレだったかも知れません。

心に残るといえば・・・・、
つい先日、偶々、絶景トイレに巡り会いました。

大丸東京店の12階、レストランフロアにある男子トイレです。
トイレの突き当たりには「あさがお」が2つあります。
ここに立つと、東京駅丸の内側が見渡せる大パノラマが目の前に広がります。

丸ビル、新丸ビルが聳える手前には、東京駅のホームも見えます。
心なしか、ホーム上で電車待ちをしている人に向かって放★しているような感覚に陥ります。

ただし、くれぐれも周囲を汚さぬよう心を配りながら、景色を楽しむ心持ちが大切かと思います。

164 三思後行

国内のチーズ消費量が、4年連続で過去最高を更新しているとニュースで知りました。

消費を支えているのは、中高年層だそうです。
「カマンベールに認知症予防効果」「ブルーチーズに血管年齢若返り効果」などの健康効果報道が売上げ増に寄与したと言われています。
原材料価格の上昇などにより乳業大手は値上げをしましたが、中高年層の購買意欲が勝ったと言えるでしょう。

かくいう私も、最近になって、チーズをよく食べるようになりました。
休みの日、おやつ時にカマンベールチーズをひと欠片、楽しんでいます。

きっかけは、糖質オフのお薦めおやつとして、チーズが取り上げられていたから・・。
「健康志向の中高年層」のベン図のド真ん中ですね。

ただ、チーズフォンデュはダメです。
熱せられた鍋から蒸発するワインが、下戸の私には我慢なりません。

グラタンやリゾットも、どちらかと言えば苦手です。
猫舌のくせに早食いの私には、厄介なメニューです。

子供の頃は、チーズがキライでした。
一方、父は、毎朝食べていました。

かまぼこのような形をしたチーズを、果物ナイフでスライスして食べるのですが、ネチネチした食感と、歯にまとわりつくのが苦手でした。
剰え、時間が経ち、周囲がカピカピになって若干透き通ってくると、耐え難い気分でした。

尤も、昭和40年代は、家庭で食べるチーズはせいぜいそんなものだったのかも知れません。
モッツアレラチーズやマスカルポーネチーズなんて、知るよしもありませんでした。

ところで、チーズといえば、写真撮影の決め言葉ですね。
「はい、チーズ」は時代を超えて、使われているのではないでしょうか。

はるか昔、何らかの学校行事で集合写真を撮った際、カメラマンが我々生徒の期待を裏切るセリフを発しました。

「じゃあ、皆さん、撮りますよ。せーの、1たす1は??」

はいチーズを予想していた生徒は不意を突かれましたが、一瞬考えた後、

「にー!!!」

理解できた生徒とできなかった生徒の顔は対照的でしたが、キョトン顔と笑顔が混在する、珠玉の1枚となりました。
カメラマンの技術に脱帽です。

ときに、家族でハワイに行った際、カメラのシャッターを押してくれと頼まれました。
中国からと思しき観光者でした。

「One, Two, Three, Push!!  All right?」

いちにのさん、でシャッターを押すぞ、と言いたかったのです。

「ワン・・、トゥー・・、スリー・・、フォー・・、ファイブ・・・・・・」

アレ、全然ウケない・・。

「マサミ、ファイブくらいまで数えれば全員笑うこと請け合いだ!!」
とロサンゼルスで仕込まれた撮影術なのですが、全員ポカン顔の1枚になってしまいました。
ギャグのセンスが国民性に合わなかったのか、私の英語力に問題があったのか・・。

ところ構わず、何でも言えばいいというものではありませんね。
カメラを返すときの気まずさは、今も覚えています。

160 繁絃急管

先日、ギターを購入するため、楽器屋を訪ねました。
若い頃、姉のギターを借りて、趣味で弾いていたのですが、かれこれ30年程遠ざかっています。
実力は既に初心者同然のはず。
一番安いので十分と思っていたところ、店員さんに勧められたのは55,000円のギター。

予算オーバーだと伝えたのですが、「安いギターは、弾きにくいですよ・・」と店員さん。
でもなあ、55,000円は高いなあ、と悩んでいると、

「となりのは、お値段の割には握りやすいですよ・・。」

即決しました。
「練習してから、MARTINかFENDERを買いにきますね〜」と間に合わせの発言を残し、売り場を後にしました。

ギターが弾きたくなったのは、今から10年ほど前。
セガレがピアノ教室に通い始めた頃です。

ピアノに全く縁のない両親から生まれた割りには、そこそこ実力をつけてきた様子を見て、セガレのピアノ演奏と一緒にギターを弾いたら楽しいだろうな、と思うようになりました。
そして、58歳目前、購入を決断しました。

自宅に持ち帰り、胸躍らせながら弾いてみると・・、

指が!

全く!

言うことを聞きましぇん!!!

「C」ですら、どういう訳か、一弦に触れてしまい、キレイな音が出ない始末です。
これは流石にショックでしたが、少し弾いているうちに、徐々にコツを掴み始めました。

その後、嫌がるセガレを説得し、一緒に弾く曲の楽譜を探すため、防音室に行きました。
B♭やCmなど、セーハがまだうまく握れない現状では、ローポジションコードが多いハ長調の曲が精一杯です。

そして、最初に見つけたのは、福山雅治の「生きてる生きてく」。

♫『不思議なものだ、子どもの頃は、大人になんてなれないのに…。』

調子よく弾き語りしていたら、最後は転調して、セーハだらけ。
速やかに断念し、また、楽譜を探しました。

ありました!
スコット・ジョプリン作曲の「The Entertainer」です。

ピアノの練習曲として大変有名な曲で、セガレも小学校低学年の時に弾いていました。
アカデミー賞を受賞した映画「スティング」のテーマ曲にもなった曲です。

セガレはひょいひょい弾いていましたが、こちらは三重苦。
①指が全然動かない
②左指の腹が切れそうに痛い
③老眼で楽譜の文字が見えない

若い頃との違いを痛感しつつも、楽しい時間となりました。

155 唖然失笑

少し前の話になります。

一昨年秋「仙台ひとり旅」に出ました。
仕事が立て込む日が続いたので、気分転換に東京を脱出したのです。

MacBookを持っていれば、かなりの仕事がこなせる現代は、便利になったとも言えますが、世知辛いと表現できるかも知れません。

いくら仕事がメインとは言え、せっかく仙台まで来たのですから、大好きな神社巡りもしました。
なかでも、陸奥国一之宮・鹽竈神社は、とても心に残る参拝となりました。

というのも、事前に公式サイトを見ていて、興味深い歴史的事実を知ったからです。

鹽竈神社の創建年代は明らかではありませんが、その起源は奈良時代以前になります。平安時代初期(820)に編纂された『弘仁式』主税帳逸文には「鹽竈神を祭る料壱萬束」とあり、これが文献に現れた初見とされています。当時陸奥国運営のための財源に充てられていた正税が六十萬三千束の時代ですから、地方税の60分の1という破格の祭祀料を受けていた事が伺われます。しかし全国の各社を記載した『延喜式』(927年完成)の神名帳にはその名が無く、鹽竈神社は「式外社」ではありましたが中世以降、東北鎮護・海上守護の陸奥國一宮として重んじられ、奥州藤原氏や中世武家領主より厚い信仰を寄せられてきました。特に江戸時代にはいると伊達家の尊崇殊の外厚く、伊達政宗以降歴代の藩主は全て大神主として奉仕してまいりました。よって江戸時代の鹽竈神社には歴代の宮司家が存在せず、実質祭祀を行っていた禰宜家がおりました。(中略)
歴史の謎
鹽竈神社は祭祀料として正税壱万束を受けていた事は前述しましたが、当時全国で祭祀料を寄せられていたのは、他に伊豆国三島社二千束、出羽国月山大物忌社二千束、淡路国大和大国魂社八百束の三社で共に『式内社』でありますが当社に比べ格段の差があり、国家的に篤い信仰を受けていたにも拘わらず『延喜式』神名帳にも記載されず、その後も神位勲等の奉授をうけられていないというこの相反する処遇はどう解すべきなのでしょうか。

不思議な香り漂う神社です・・。
一之宮なのに式外社だなんて、これまで聞いたことがありません。

参拝当日。
はやる心を抑えて、まずは塩釜仲卸市場へ出向き、海鮮丼をいただきました。
なかなか豪勢な朝食となりました。

駐車場にはこんな車が停まっていました。
市場で早朝から働く皆さん、お疲れなんでしょうね・・。

そして、鹽竈神社の最寄り駅、本塩釜駅へ向かいました。
あいにくの曇り空でしたが、神社へ続く県道は、散策には心地よい道程でした。

徒歩7分ほどで東参道(裏坂)に到着しますが、敢えてここは通り過ぎます。
それから6〜7分ほどで、有名な表参道の石鳥居が見えてきました。

階段の数は、202段。
とりわけ騒ぐほどのことではないだろうと思っていましたが、登り切った時は、ほとんど虫の息で した・・。
自販機でお茶を買い、椅子に座ったまま、5分ほど動くことができませんでした。
神社巡りは、足腰が丈夫でないと続けられないことを痛感しました。

なお、公式サイトの「神社について」の終わりには、こんな文面もあります。

時代は前後しますが、忘れてはならないのは河原の左大臣と称された源朝臣融で、謡曲『融』の主人公にもなりましたが、その別荘の一つが後の宇治平等院、一つは洛北嵯峨の現棲霞寺となっています。融は陸奥出羽按察使に任ぜられています(『三代実録』)が実際に赴任したかどうかは不詳です。しかし塩竈の浦に深く心を寄せ鴨川の辺に六条河原院を建て、『伊勢物語』に庭に塩竈の景色を再現して毎日難波より海水を汲ませてこれを焼かせつつ生涯を楽しんだことが見えます。今もこの付近には塩竈の地名が名残として残っております。

ふーん、京の都に塩竈の風景を再現したんだ・・。
つい最近まではここまでの認識でした。

そして、先週末。
何の気なしに六条河原院について調べてみました。

すると、六条河原院は、融の死後は子の昇が相続し、その後、紆余曲折の末、結局は数度の火災で荒廃したとのこと。
そして、江戸時代になって、跡地の一部に渉成園が作られたそうです。

ん?
渉成園?
セガレを授けてくださった上徳寺さんの近くにある、あの渉成園?

あ!
その上徳寺さんの山号は「塩竈山(えんそうざん)」だ!

鹽竈神社と上徳寺に接点があったとは・・。
思わぬ偶然に、ちょっと鳥肌が立ちました。

急いで上徳寺さんのパンフレットを引っ張り出すと、その中面に、山号「塩竈山」の由来という見出しがありました。

また、塩竈山上徳寺という山号は、この五条の地は嵯峨天皇第二十一の皇子、従一位左大臣源融公が、河原に庵をつくり、池をほり、毎日、潮を三十石ばかり入れて、海底の魚介なども住まし、陸奥の塩竈、千賀の浦の景を模し、海士が塩屋のけむりをたて、趣を賞でたという史跡により、当山に塩竈明神を鎮守としてまつり、塩竈山上徳寺と号して、さきの本尊を安置した。

パンフレット、何にも読んでいなかったんですかね・・。
1年半後の大発見に、苦笑するしかありませんでした。

146 残念至極

私の愛車は、トヨタのエスティマです。
現在乗っているのが通算4台目ですから、15年以上エスティマに乗っています。
故障はしませんし、外観も内装も気に入っています。

そのエスティマが、2019年12月をもってモデル廃止となるというニュースを目にしました。
かなり長い間モデルチェンジをしていないので、そのうち消滅するのではないかと囁かれていましたが、どうやら本当になくなってしまうようです。
残念です。

何となくなのですが、お気に入りだったものが消滅してしまうことが、人に比べて多いように感じます。
一旦気に入ると、同じメーカーを買い続ける傾向があるので、憂き目にあうことになるのでしょうか。

印象的なのは、愛煙していたタバコ「チェロキー」が消えたときです。
タバコの銘柄が生産中止になることは珍しくありませんが、当時は随分とショックだった記憶があります。
というのも、1990年の発売開始時は様々なキャンペーンを行い、大々的に売り出した印象があるのですが、わずか4年後の1994年に発売が中止されたのです。
パッケージも、なかなかオシャレだったんですが・・。

洋服のブランドもいくつかなくなりました。
20台後半にお気に入りだったメンズファッションブランド「TAKEZO」もそのひとつです。
ちょっと奇抜なデザインが好みだったのですが、ある日いつもの百貨店(上野のマルイだったか・・)に行くと、ショップが見当たりません。
近くの店員さんに尋ねると、「ブランドごと消滅した」と聞かされました。

一時期、ビジネススーツは「Mosccino」というブランドばかり購入していました。
ダブルが流行っていた頃ですから、かなり以前のことですね。
これまたいつもの百貨店(日本橋三越だったか・・)のスーツ売り場に行くと、このブランドだけが見当たらないため、店員さんに確認すると、メンズビジネス分野から撤退したとのことでした。

「Burberry Black Label」は50歳くらいから、私服としてよく買うようになりました。
クリアランスセールを行わないブランドなので、アウトレットで購入することも多くありました。
が、ご存じのように三陽商会とイギリス・バーバリー社とのライセンス契約が切れたため、2015年末に消滅しました。

最も残念だったのは、「JAZZINN」です。
あるサイトでは「最も有名な伝説のドリンク」と紹介されている幻の飲料です。
1990年に日本ペプシコーラから発売されたこの製品は、平たく言うと「炭酸入り紅茶飲料」。
コレ、絶品でした。
かなりの頻度で飲みました。
しかし、2〜3年でひっそりと市場から姿を消しました。

そういえば、スナック菓子「カール」が、昨年秋に中部地方以東での販売を終了しましたね。
これは、私、さほど積極的には食べておりませんでした。

138 創意工夫

トイレットペーパーの先端が、三角に折られているのをたまに見かけます。
日本らしいおもてなしの象徴だという反面、非衛生的だから止めるべきだという意見も多くあるようです。

私個人的には、悪くないかなと思っています。
使うときには、三角に折られた部分が内側になるようクルクル巻くので、衛生的云々はあまり気にならないですね。

衛生面で言うなら、公衆のトイレから出るときに、ドアノブを触るほうがイヤです。

用を足して、石けんで手を洗い、ハンカチで拭いたその後に、なんでドアノブをガバッと握らねばならないのか、と思うのです。

公衆トイレで用を足した後、洗面台など見向きもせずそのまま出て行く男性は、決して珍しくありませんから。

特に、手で握って回す丸型タイプのドアノブは、最もキライです。
「ここに触れてください」と書かれたプラスチック部分に手を近づけると、自動で開くドアがいいな、と思いますね。
せめて、「ここを押してください」と書かれた、縦長で、でっかくて、ネズミ色で、真ん中をガツッと押さないと反応しないボタンの付いたドアにしていただきたいなと・・。

話しを戻します。

先月ホテルに宿泊した際、ちょっと感動的な三角折りを見かけました。

見た瞬間、「折り方を覚えて帰ろう!」と思い、少し戻してみたり、裏側から見てみたり、しばし解析を行いました。

しかし、私の脳ミソの新規保存能力は思っていた以上に劣化しており、結局、折った部分を含めて30センチくらいを破って持ち帰ることにしました。

そして、自宅のトイレで再現したのが下の画像です。

我が家のトイレットペーパーが2枚重ねでなければ、より上品な出来栄えになったのですが、まずまずの完成度かと思います。

カミさんには「紙のムダ」、セガレからは「時間のムダ」と冷ややかな扱いを受けていますが、そんなことは気に留めず、先程用を足した後も折ってきました。

ところが、ネットで調べてみると、扇やら富士山やら、驚いたことに、鶴まで折れるそうです。

世の中には、器用な人がいるものですね。

137 不撓不屈

サッカーワールドカップロシア大会が始まりました。
私は野球少年でしたので、サッカーについてはあまり詳しくありませんし、熱狂的にはなれないのですが、さすがに昨日のコロンビア戦はテレビ観戦しました。

新聞各紙が歴史的勝利と掲載していましたが、まさにその通りですね。
FIFAの公式サイトでは、どのように報じられているのか覗いてみると、トップページには、決勝点を決めた大迫選手の写真とともに、以下の文字が躍っていました。

Hosts march on as Japan, Senegal break new ground

後半のセネガルに関する文言は置いとくとして、「Hosts march on as Japan」の意味が全く理解できません・・。
「Hosts」がまず分かりませんし、「march on」を見て「3月に何かあったか?」と思う始末です。
英語力の無さに愕然とするばかりです。

でも、その後の文章はそこそこ理解できました。

世界ランキング61位の日本と27位のセネガルが、16位のコロンビアと8位のポーランドに各々勝利した。
侍ブルーは、試合開始早々3分、相手選手のハンドで1人有利な状況になったが、これは1986年メキシコ大会のバティスタ選手に次いで、ワールドカップ史上2番目に早い記録だ。

みたいなことではないかと・・。

それはそうと、この試合は、スポーツは何が起こるか分からないことを如実に示した一戦になりましたね。
開始早々に相手チームにレッドカードが出て、PKで先取点を獲得すると、誰が予想し得たでしょうか。

「10人の相手に勝っただけ」という辛口のコメントもあったようです。
しかし、私は選手たちは立派だったと思います。

その理由は、想定外の事態に対応できたからです。

失うものなど何もないと思っていたら、相手が先に1点プレゼントしてくれた。
そして、人数も有利な状況になった。
しかも、試合はまだ始まったばかり。

苦戦と予想された一戦が、はからずもその様相をガラリと変えてしまったのです。
予期せぬ状勢となったにも関わらず、勝ちきった日本代表選手は、賞賛に値すると思います。

正直なところ、「どうせ負けるんだろうけど・・」と思いながらテレビを見ていました。
イギリスのブックメーカーが公開した勝敗オッズは、コロンビアの勝利が1.70倍、引き分けが3.50倍、日本の勝利は5.50倍でしたから、私の諦めモードは、まんざら間違っていなかったのかも知れません。

そんな時、私の尊敬する大先輩が、「諦めないけど頑張らない姿勢が好きだ」と仰っていたのを、ふと思い出しました。

最近、仕事で諦めていたことはなかったか?
諦めていないことと、頑張っていることを、履き違えていないか?

サッカーの試合結果が、日常を見直すきっかけになりました。

126 絢爛豪華

今日、迎賓館へ行ってきました。
当然ですが政府からお招きをいただいた訳ではなく、天気予報が良かったので、カメラ片手にぶらりと出掛けてきた次第です。

正しい名称は「迎賓館赤坂離宮」というのだそうです。
周囲を車で通ったことは数知れずありますが、正面の瀟洒な門構えをじっくり見た記憶もないですし、ましてや、中に入ったことなどありませんでした。

まずは、早朝、人の少ない時間帯に正門を撮影しました。
警備する警官の姿もなく、静かで、厳かな冬の朝が撮れました。

公式サイトによると、正門から入ったところの前庭を見学するのは自由ですが、本館や主庭、および和風別館を見学したい場合は事前予約が必要だそうです。

迎賓館赤坂離宮では、外国からの賓客の接遇に支障のない範囲で一般公開を行っています。
急遽接遇を行う場合には、予定されていた一般公開が中止になることがありますので、御面倒でもお出かけ前に必ず下記公開状況を御確認下さい。Twitterでもお知らせいたします。
一般公開は、下記申込みページからの事前予約によるほか、事前予約なしで当日お越しの方も御参観いただけます(混雑時は、事前予約をされた方の受付が優先されます)。

早朝撮影のあと、四谷駅前のカフェで仕事に傾注し、開門時間の10時少し前に、もう一度戻ってみました。
「当日お越しの方も御参観いただけます」の一文に賭けてみたのです。

すると、予約なしでも見学が出来るとのアナウンスがあり、見学希望者は西門に案内されていました。
私もその流れに付いて行き、入口に到着すると、早くも100人以上の列が出来ていました。
そのほとんどが、予約をしていない人たち。
「今日は良い天気だから迎賓館でも見に行こうか」という都内在住者が多いのでしょうね。
私もそのひとりです。

列に並んで持ち物検査やペットボトル・水筒のチェックなどを受け、入場券(1,000円)を買うまでに10分ほど要したでしょうか。
ようやく、本館の中に入ることができました。

そこは・・、
案にたがわず・・、
日本にいることを忘れてしまうような世界でした!
家具、シャンデリア、天井、壁、鏡・・、その全てが、圧巻でした!!

廊下や階段の壁は白。
そして、その壁はどこまでも真っ白で、汚れや剥げは一切見当たりませんでした。
撮影は固く禁止されていますので、画像で紹介することが出来ず、残念です。

花鳥の間には、先月来日したトランプ大統領夫妻との晩餐会の写真が、掲示されていました。
なるほど、ここで一席設けられたのか・・と思うと、その場所にいることが、ちょっと不思議に感じました。
個人的には、天井の大絵画と高さ3メートルのシャンデリアが印象的な「羽衣の間」が最も感動的でした。

本館の見学を終え、主庭へ向かいました。
青空と白い本館が、見事なコントラストでした。
噴水越しの写真はネットでも頻繁に見ることができますので、ちょっと斜めから撮影した写真を掲載します。

早朝の撮影時は寒かったものの、徐々に気温が上がり、この写真を撮った頃には麗らかで心地よい陽気になっていましたので、見学者の数もぐんぐん増えているようでした。

なお、迎賓館は、特別開館を行っているのだそうです。
再度、公式サイトをご紹介します。

迎賓館赤坂離宮は、これまでは、来日した各国の賓客を接遇(おもてなし)する施設として、内閣総理大臣や衆参両議院の長など限られた国の機関しか利用できませんでした。 しかしながら、平成28年度より、国有財産を有効活用する観点から、接遇がないときに、下記1の要件を満たす民間企業や民間団体等も下記2の要件の満たす行事を行う場合には、原則として有償により、「特別開館」という仕組みで迎賓館を利用できるようになりました。

即ち、一定の条件を満たせば、一般人でも使用できるのです。

しかし、よくよく確認してみると、「下記1・2の要件」というのが非常に厳格で、私のような下々には全く縁がなさそうです。

ただ、民間の利用を許可した点は、評価したいと思います。
「有償」が果たしていかほどなのかも、興味がありますね。

124 一挙両得

弊社は、社員全員にインフルエンザの予防接種をするよう伝えています。
少ない人数ですから、費用は会社が負担しています。

今年は、ワクチンが不足しているというニュースをよく耳にします。
6月にワクチン製造につかうウイルス株を変更したため、生産が遅れているからだそうです。

先日、大学病院で長くお世話になった先生が開業されたと知り、ご挨拶旁々お電話したところ、運良く在庫があり、私はすぐに接種していただくことができました。

ところで・・、
インフルエンザの時期になると、思い出すことがあります。

30代のころ、小学校からの親友が「おたふく風邪」で入院騒ぎになりました。
仲間とふたりで見舞いにいくと、既に回復に向かっていたものの、一時はかなり深刻な症状だったそうです。

「39度の高熱が出てさ、アソコが3倍くらいに腫れちゃってさ。まいったよ。」

アソコが3倍ってどんなんだよ!と、不謹慎にも友人と大笑いしつつ、大人が罹患すると重症化するのは間違いなさそうなので、その日のうちに母親に確認してみました。

「あ〜、ごめんね〜。ハシカとミズボーソーは間違いなくやったけど、オタフクだけ覚えてないのよ。」

それから10年以上が経ち、セガレが幼稚園に通っていたある冬。
複数の園児がおたふく風邪に罹ったと連絡がありました。
母親から心許ない情報をもらっていたので、まずは予防接種だ、と近くのクリニックへ行きました。

担当してくれたのは40歳前後のハキハキした男性医師。
やや話し好きな医師は、たわいもない話を私に投げかけ、中年男2人の診察室は、和気藹々とした雰囲気でした。
「じゃあ利き手じゃない方の左腕に注射しますね。」
カミさんが事前に予約してくれたので、すべてスムーズに進みました。

「空き箱、持って帰られますか?」

服装を整えていた私に、医師は意外なことを言いました。

アンプルの入っていた箱?
要らないよなあ、普通・・、と思いつつ、

「有難うございます。記念に持って帰ります。」

愛想笑いしながら空き箱を受け取り、診察室から出ようとすると「インフルエンザ」という文字が目に入りました。

「あの〜、先生、ワタシ、おたふく風邪の件で来たのですが・・。」

「あっ・・」

あれ?今「あっ」って言った気がするなあ・・、と思っていると、先生は慌てて部屋の奥へ行き、小走りで戻ってきました。

「あの、山田さんですよね、あの、ごめんなさい、あの、インフルエンザの予防接種をしてしまいました。朝からインフルの患者さんばかりだったので・・、えーと、あります。おたふく風邪は生ワクチンなので、冷蔵庫でちゃんと・・。えーと、ご予約いただいてますからね、お名前もちゃんと・・。」

完全にしどろもどろでした。

「すぐ射ちますから・・、ゴメンなさい・・。」

「いっぺんに2つもですか?大丈夫なんですか?」

「それは大丈夫です。問題ありません。アメリカでは、同時に接種するのが通常ですから。」

いやいや、オレ、バリバリの日本人なんだけどなあ、いやだなあと思う間も無く、右腕に注射針が刺されました。
結局、左腕にインフルエンザ、右腕におたふく風邪と、両腕に予防接種を受ける不測の事態となりました。

最後に、会計窓口での支払いの際、やや年配の女性スタッフがやや控えめの笑顔を浮かべながらこう言いました。

「インフルエンザの方は、サービスさせていただきます(^^)」

得をした、と喜ぶべき出来事なのでしょうか・・。