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168 安居楽業

2年前、京都へ紅葉見物に行きました。
時間に限りがありましたので、嵯峨野地域に限定して散策しました。
その際、二尊院を参拝し、3枚の色紙を拝領いたしました。

その1枚が上の「人生五訓」です。
短い5つの戒めの言葉に、いたく感動しました。
焦るな、怒るな、威張るな、腐るな、怠るな、と漢字で書いていないところもちょっといいですね。

近年、仕事が多忙になった時、ふと立ち止まってこの「人生五訓」を思い返すようにしています。今は年度末ですから、年間で最も忙しい時期です。
今朝も仕事の前に、自らに言い聞かせました。

年度末といえば、近年、3月になると製本所が異常なほど繁忙を極めます。
平日の残業はもとより、土・日も祝日も出勤しないと仕事が消化できません。

ペーパーレスによる印刷業界の低迷で、製本所の数は年々減少しています。
仕事量が全体に減っていますから、平時はどうということはありません。

しかし、年度内納めが極端に集中するこの時期だけは、業者数が減ったことで、現存の工場が一気にパンクするのです。

ところが、怒濤の3月が終わり、カレンダーを1枚めくると、潮が引くように仕事がなくなります。
これでは、3月の頑張りが報われず、空しい限りです。

話を二尊院の色紙に戻します…。
もう1枚の色紙には「心の糧七ヵ條」が書かれています。

一、此の世の中で一番楽しく立派なことは生涯貫く仕事をもつことである

一、此の世の中で一番さみしいことは自分のする仕事がないことである

一、此の世の中で一番尊いことは人の為に奉仕して決して恩に着せないことである

一、此の世の中で一番みにくいことは他人の生活をうらやむことである

一、此の世の中で一番みじめなことは教養のないことである

一、此の世の中で一番恥であり悲しいことはうそをつくことである

一、此の世の中で一番素晴らしいことは常に感謝の念を忘れずに報恩の道を歩むことである

生涯貫く仕事といえば、私の父が正に実践中です。
87歳にして毎日出社しています。
私には87歳の景色は想像もできませんが、日々自らを鼓舞し、社会の一員であり続けているのだと思います。

つい先日、ある病院の教授から、なぜ会社名が“伊豆”なのか、と質問を受けました。
丁稚奉公として上京したときから、いつか故郷の名を配した会社を興したかったという父の夢をお話ししたところ、「それは素晴らしい」とお誉めいただきました。

弊社は、この3月で45年目を迎えました。
印刷業界は逆風にさらされていますが、そんな中、仕事をいただけるのは有難いことです。
色紙の最後の1行にもある通り、感謝の念を忘れてはなりません。

そして、零細企業とて、守るべき社員とその家族がいます。
社員が安居楽業できるようにすることも、社長の重要な務めです。
安易なことではありませんが・・。

「安居楽業」:
今いる環境や状況に心安らかに満足し、自分の仕事を楽しんですること。自分の分をわきまえて不満をもたず、心安らかに自分のなすべき仕事をすることをいう。(goo辞書より)

167 盲亀浮木

京都駅から北北東へ約1.5km。
五条富小路を少し下ったところに、上徳寺という小さなお寺があります。
子授けや安産祈願の信仰が篤く、「京の世継ぎさん」と呼ばれ親しまれています。

2003年1月、カミさんと京都を旅行した際、ふとしたきっかけで立ち寄り、祈願しました。
すると驚くことに、その年の10月にセガレを授けてくださいました。
以来、ほぼ毎年御礼に詣でています。

観光寺ではありませんので、普段はひっそりと静寂を保つお寺さんですが、毎年2月8日は「世継地蔵尊大祭」が行われ、この日ばかりは大勢の人で賑わいます。
これまで見学する機会はなかったのですが、今年は8日が土曜日と重なったため、意を決して弾丸ツアーを敢行しました。

2月8日は一億日分もの功徳が得られるとされる「一億功日功徳日(いちおくこうじつくどくび)」。
世継地蔵尊の功徳を讃えて、ご利益を祈願します。

午前10時、地蔵堂で「十種福祈願法会」が始まりました。
普段は中を見ることのできない地蔵堂の扉が開いており、安置されている世継地蔵様に初めて拝見の栄に浴することができました。
写真に収めたい気持ちをグッと堪え、心に深く刻んできました。

法会は5人の僧侶が地蔵堂の中へ入り、お経を唱えました。
私はお堂の右手前最前列でその様子を見届け、世継地蔵様に手を合わせ続けました。

また、境内では酒粕汁や多幸焼(たこ焼き)も振る舞われていました。
私も「多幸焼」を少しだけいただきました。

午後2時からは、拝殿前で「柴灯(さいとう)護摩供養」が行われました。
まず、山伏が四方に矢を放ち、穢れを祓います。
そして、松明で火が灯されると白煙が上がり始めました。
その後、次々に護摩木が火中に投げ入れられると、煙はさらに勢いを増し、風向きによっては目が開けられないほどでした。

たくさんの護摩木には、私が家族の願いを記してお納めした3本も含まれています。
30分ほどで全てが無事に炊き上げられ、護摩供養は終了しました。

最後の写真は、煙りを浴びて涙が止まらなくなったため、少し離れて撮った1枚です。
ハンカチを目に当て一息つくと、着ているコートにたくさんの煤が付いていることに気付きました。
これも御利益の一部と思い、さして気にすることなく夕方の新幹線に乗ると、コートの中に着ていたセーターまでもが、煙と焦げの混じった独特のにおいを放っていることに気付きました。
周囲への影響を考え、車内ではセーターを脱ぎ、帰宅後は大量のファブリーズを噴射しました。

慌ただしい旅ではありましたが、お地蔵様を拝顔し、またいつもと全く違ったお寺の光景を見ることができ、大変有意義な週末となりました。

そして今日、そのセーターを着ると、微かに煙の残り香がしました。
半月経ってからもう一度思い出に浸ることができ、少し得した気持ちになりました。

155 唖然失笑

少し前の話になります。

一昨年秋「仙台ひとり旅」に出ました。
仕事が立て込む日が続いたので、気分転換に東京を脱出したのです。

MacBookを持っていれば、かなりの仕事がこなせる現代は、便利になったとも言えますが、世知辛いと表現できるかも知れません。

いくら仕事がメインとは言え、せっかく仙台まで来たのですから、大好きな神社巡りもしました。
なかでも、陸奥国一之宮・鹽竈神社は、とても心に残る参拝となりました。

というのも、事前に公式サイトを見ていて、興味深い歴史的事実を知ったからです。

鹽竈神社の創建年代は明らかではありませんが、その起源は奈良時代以前になります。平安時代初期(820)に編纂された『弘仁式』主税帳逸文には「鹽竈神を祭る料壱萬束」とあり、これが文献に現れた初見とされています。当時陸奥国運営のための財源に充てられていた正税が六十萬三千束の時代ですから、地方税の60分の1という破格の祭祀料を受けていた事が伺われます。しかし全国の各社を記載した『延喜式』(927年完成)の神名帳にはその名が無く、鹽竈神社は「式外社」ではありましたが中世以降、東北鎮護・海上守護の陸奥國一宮として重んじられ、奥州藤原氏や中世武家領主より厚い信仰を寄せられてきました。特に江戸時代にはいると伊達家の尊崇殊の外厚く、伊達政宗以降歴代の藩主は全て大神主として奉仕してまいりました。よって江戸時代の鹽竈神社には歴代の宮司家が存在せず、実質祭祀を行っていた禰宜家がおりました。(中略)
歴史の謎
鹽竈神社は祭祀料として正税壱万束を受けていた事は前述しましたが、当時全国で祭祀料を寄せられていたのは、他に伊豆国三島社二千束、出羽国月山大物忌社二千束、淡路国大和大国魂社八百束の三社で共に『式内社』でありますが当社に比べ格段の差があり、国家的に篤い信仰を受けていたにも拘わらず『延喜式』神名帳にも記載されず、その後も神位勲等の奉授をうけられていないというこの相反する処遇はどう解すべきなのでしょうか。

不思議な香り漂う神社です・・。
一之宮なのに式外社だなんて、これまで聞いたことがありません。

参拝当日。
はやる心を抑えて、まずは塩釜仲卸市場へ出向き、海鮮丼をいただきました。
なかなか豪勢な朝食となりました。

駐車場にはこんな車が停まっていました。
市場で早朝から働く皆さん、お疲れなんでしょうね・・。

そして、鹽竈神社の最寄り駅、本塩釜駅へ向かいました。
あいにくの曇り空でしたが、神社へ続く県道は、散策には心地よい道程でした。

徒歩7分ほどで東参道(裏坂)に到着しますが、敢えてここは通り過ぎます。
それから6〜7分ほどで、有名な表参道の石鳥居が見えてきました。

階段の数は、202段。
とりわけ騒ぐほどのことではないだろうと思っていましたが、登り切った時は、ほとんど虫の息で した・・。
自販機でお茶を買い、椅子に座ったまま、5分ほど動くことができませんでした。
神社巡りは、足腰が丈夫でないと続けられないことを痛感しました。

なお、公式サイトの「神社について」の終わりには、こんな文面もあります。

時代は前後しますが、忘れてはならないのは河原の左大臣と称された源朝臣融で、謡曲『融』の主人公にもなりましたが、その別荘の一つが後の宇治平等院、一つは洛北嵯峨の現棲霞寺となっています。融は陸奥出羽按察使に任ぜられています(『三代実録』)が実際に赴任したかどうかは不詳です。しかし塩竈の浦に深く心を寄せ鴨川の辺に六条河原院を建て、『伊勢物語』に庭に塩竈の景色を再現して毎日難波より海水を汲ませてこれを焼かせつつ生涯を楽しんだことが見えます。今もこの付近には塩竈の地名が名残として残っております。

ふーん、京の都に塩竈の風景を再現したんだ・・。
つい最近まではここまでの認識でした。

そして、先週末。
何の気なしに六条河原院について調べてみました。

すると、六条河原院は、融の死後は子の昇が相続し、その後、紆余曲折の末、結局は数度の火災で荒廃したとのこと。
そして、江戸時代になって、跡地の一部に渉成園が作られたそうです。

ん?
渉成園?
セガレを授けてくださった上徳寺さんの近くにある、あの渉成園?

あ!
その上徳寺さんの山号は「塩竈山(えんそうざん)」だ!

鹽竈神社と上徳寺に接点があったとは・・。
思わぬ偶然に、ちょっと鳥肌が立ちました。

急いで上徳寺さんのパンフレットを引っ張り出すと、その中面に、山号「塩竈山」の由来という見出しがありました。

また、塩竈山上徳寺という山号は、この五条の地は嵯峨天皇第二十一の皇子、従一位左大臣源融公が、河原に庵をつくり、池をほり、毎日、潮を三十石ばかり入れて、海底の魚介なども住まし、陸奥の塩竈、千賀の浦の景を模し、海士が塩屋のけむりをたて、趣を賞でたという史跡により、当山に塩竈明神を鎮守としてまつり、塩竈山上徳寺と号して、さきの本尊を安置した。

パンフレット、何にも読んでいなかったんですかね・・。
1年半後の大発見に、苦笑するしかありませんでした。

148 新春万福

明けましておめでとうございます。

平成最後の正月は、仕事に費やす時間が例年よりも多かった気がします。
元日の朝も、5時半に起きてパソコンに向かいましたが、根が貧乏性なので、こういう生活は案外キライではありません。

とはいえ、家族サービスも大事な仕事のひとつですので、2日に東京を発ち、京都へ行ってきました。

セガレを授けてくださった上徳寺さんへのお礼参拝が主たる目的ですが、今回の旅のテーマは「七福神めぐり」と決めました。
全国に七福神めぐりは数多くありますが、京都の「都七福神めぐり」は、日本最古と言われています。
松の内にめぐると、より功徳が得られると言われていますので、時期的も最適でした。

最も南に位置する黄檗宗大本山の萬福寺からスタートし、東寺、松ヶ崎大黒天、赤山禅院、ゑびす神社、六波羅蜜寺、革堂の順にめぐり、2日間で結願しました。

B3ほどある大きな色紙を、実家の分と合わせて3枚抱え、北へ南への移動は少々骨が折れました。
ゑびす神社へ向かう途中では、突然の降雨に見舞われ、色紙の墨が流れてしまうのではないかとヒヤヒヤしました。

そんな苦労の末に完成した色紙です。
ホテルの窓際で撮影してみました。
日本の正月らしい、縁起のいい画像で充足感がわいてきます。

ところで、東京都内にも数十の七福神めぐりがあると言われていますが、その中のひとつ、下町情緒あふれる深川七福神のコース内に、弊社は位置しています。

最も近いのは、大黒天を祀る円珠院さん。
弊社から徒歩2分ほどです。

従って、1月上旬はいつもより人の往来が増えます。
先頭を行く人が旗を持った団体さんも見かけます。

ですから、余ったカレンダーや手帳をダンボール箱に入れて、「ご自由にお持ちください」と添えて会社の外に出しておくと、あっという間になくなってしまいます(笑)

 

最後に、七福神めぐりとは関係ない話題をひとつ。

京都で七福神めぐりを開始する前、清水五条の近くにある「マールカフェ」で昼食を食べました。
ここはGoogleで偶然見つけたのですが、かつて、ガイドブック等で見た記憶がありません。

私がオーダーしたのは、1日10食限定の「マールバーガー」。
昨年は、四条木屋町の「キルン」でハンバーガーを食べましたが、負けず劣らずの味でした。
(旅先でハンバーガーばかり食べている訳ではありませんが・・)

特に、パテの上に乗っていたアボカドが、生ではなく揚げてあり、これがなんとも新鮮でした。
パスタやスープカレーなど、マールバーガー以外のメニューもとても美味しく、大変満足でした。

入口がわかりにくい古いビルの最上階にあり、人荷兼用のような危なっかしいエレベーターで向かうのですが、ぜひお薦めしたいお店です。

 

145 秀色神采

今月に入り、有難いことに忙しい日々が続いています。
私の忙しさのバロメーターは、ランチのサンドイッチ率です。

多忙になるとお昼をゆっくり食べる時間が惜しくなり、サンドイッチを買って、車を運転しながら食べることが増えてしまいます。
最近のサンドイッチ率は、50〜60%という感じでしょうか。

運転しながらの食事は誉められたことではありませんし、ましてや50歳も半ばを過ぎましたので、若い頃のように無理がきかなくなってきました。
仕事をこなすことと、カラダをいたわることのバランスも考えなければなりません。

そこで、この週末、1日だけ東京から逃亡することにしました。

向かったのは京都です。
観光客で溢れかえる紅葉のシーズンですから、移動を極力なくし、嵐山・嵯峨野地区だけを巡りました。

まず訪れたのは、渡月橋です。
7:30前には到着しましたが、既に三脚を構えた人や女子グループらもいて、ガラガラではありませんでした。

お世辞にも紅葉真っ盛りとは言えない風景でしたが、タクシーの運転手さんによると、桜の木が異常気象でダメージを受け、美しさを半減させているのだとか。
川沿いに妙な曲がり方をした街灯がありましたが、これも台風の仕業だと教えてくれました。

残念ながら、今年は例年のような美しさは望めないかも知れませんね。

そのあと参拝した常寂光寺や二尊院、天龍寺塔頭の宝厳院などでは、非常に美しい景色を楽しむことができました。
撮影スポットは当然黒山の人だかりなので、思うような写真を撮ることはできませんでしたが・・。

宝厳院

御朱印もたくさんいただくことができました。

多くの参拝者に対応するため、書き置きのところも多かった中、厭離庵でこんな御朱印をいただきました。
しかも、目の前で書いてくださいました。

パンフレットによると、ここは「藤原定家が小倉百人一首を編纂した処」とあります。
定家が詠んだ歌なのかと思いますが、詳細は調べてみないといけません・・。

 

混み合うのは覚悟のうえでしたが、予想通り、いや予想以上の尋常ではない混雑ぶりでしたし、弾丸ツアーではありましたが、明日の英気を養うことができました。
残りの週末、仕事に励みたいと思います。

ところで、嵯峨野散策の途中、御髪神社(みかみじんじゃ)も参拝しました。
ここは、日本で唯一の「髪」の神社です。

10円玉が目立つお賽銭のなかへ、友人の分も合わせて100円玉を2枚納めてきました。
自慢げに仲間にLINEを送ったところ、
「自分の薄毛の状況を考えたら、もっと奮発すべきじゃないの」
と叱られました。

危機感がやや足りませんかね・・。

134 延頸挙踵

私は年に一度は京都を訪れますが、楽しみの一つは「お菓子」です。
お酒が苦手な私にとって、京都の様々なお菓子は非常に魅力的です。

お気に入りのひとつは、村上開進堂のロシアケーキです。

ロシアケーキという名ですが、いわゆるケーキではなく、クッキーです。
その食感はややしっとりとしていて、サクサク感はなく、口悪く表現すれば「湿気てる?」とも言えます。
味は、ひとことで言えば、素朴。
手作りなので、どことなく不揃いなところもあります。

しかし、唯一無二のおいしさです。
カミさんにも好評です。

また、村上開進堂には、もうひとつ「予約制」のクッキーがあります。
こちらは缶に入っており、サイズは大と小があります。
価格はたしか6,000円と4,500円。
送料が別途必要なので、なかなかのお値段となります。

今年1月、家族で京都を旅行した際、はじめてクッキー缶(小)を予約しました。
宅配便の送り状を書きながら、だいたいの納期を尋ねると・・、

「およそ3ヶ月待ちとなります。」

若い女性スタッフに京都弁でさらりと言われ、ビックリ。
ゴールデンウイークの楽しみが増えたと思えばいいかと思い直し、会計を済ませました。

それから時間は流れ、先週木曜日。
遂に到着いたしました!

忘れかけていたころに到着、といった感じです。

味わいのある包装紙を解くと、これまた風情のある和紙のあて紙と水引。
捨てないで、本のカバーにでもすれば良かったか・・。

そして、3ヶ月掛かってのご対面です。
クッキーが、缶にぎっしり詰まっていました。

肝心のお味は、甘すぎず、大人のクッキーという印象です。
全部で11種類ありますから、いろいろな味を楽しめますので、ついつい止まらなくなります。

到着して数日。
殊の外、缶の中が減っています。
このままでは、ゴールデンウイークまでになくなってしまう可能性も出てきました・・。

121 意気消沈

神社を巡っていると、美味しい和菓子をよく見かけます。
美味しいのはもちろんのこと、どれも歴史と伝統あるお菓子です。
有名なものばかりですが、いくつかご紹介したいと思います。

①福太郎本舗「福太郎餅」(三嶋大社)
この盛り上がったあんこの形状から、「リーゼント餅」とも呼ばれています。
「烏帽子」をイメージしているそうですが、見かけは黒髪のリーゼントです。
境内の福太郎茶屋で食べられる温かいお茶と福太郎餅2つのセットは、税込み200円。
値段も手頃で、オススメです。
お土産用は12個入りで950円、賞味期限は4日です。
私は12個入りを3つ購入しましたが、お餅なので結構重たかったですね・・。

②粟餅所澤屋「粟餅」(北野天満宮)
創業は室町時代の1682年。
炊きたての粟を店内の臼でついた餅に、餡ときな粉をまぶしただけの素朴な和菓子です。
作り置きはしないので、注文のたびに、職人さんが慣れた手つきで作ってくれます。
形状は、餡の餅は丸く、きな粉の餅は細長くなっています。
これは、きな粉はつけてもこぼれてしまうので、極力たくさんつくよう表面積を広くしたそう。
そのご主人の気持ちをあらわすかのように、きな粉餅には餅の形が埋もれるくらい、たっぷりのきな粉がまぶしてあります。
当て紙もクラシックでとても味がありますが、残念ながら写真がありません。

③やわた走井餅老舗「走井餅」(石清水八幡宮)
三大八幡様のひとつ、石清水八幡宮の門前名物は「はしりいもち」です。
独特なこの形は刀を模しているそうで、やわらかいお餅の中には、北海道産小豆を用いたこし餡がぎっしり入っています。
写真は煎茶セットで350円。
お土産用は、10個入り1200円、20個入り2,300円など。
きな粉、抹茶、いちごの3種類の味が楽しめる「八幡野」というチョコあられも、おしゃれで美味しいです。

④かさの家「梅ヶ枝餅」(太宰府天満宮)
その由来は、太宰府に左遷された道真公が、日々の食事にも困窮しているのを見かねた近くの老婆が、粟餅を梅の枝に刺して格子の間から差し上げた、というものです。
実は、私はまだ太宰府天満宮に行ったことがないのですが、カミさんが福岡に行った際、お土産にリクエストしました。
元々、大のあんこ好きな私も、さほどでないセガレも、大好きになりました。

冷凍をチンして食べても十分美味しいのですが、やはり、焼きたての「外はパリパリ、中はしっとり」をいつか味わいたいと思っていました。
すると、横浜そごうで九州物産展が開催されていて、かさの家も出店し、実演販売していることをネットで知りました。

「明日は、ベイクォーターのアイランドヴィンテージコーヒーでアサイーボウルを食べてから、そごうで焼きたての梅ヶ枝餅を食べに行くぞぉ!」

意気揚々と家族を誘い、好天の体育の日、食欲優先の計画を実行しました。

アサイーボウルの人気ナンバーワンとも言われるアイランドヴィンテージコーヒーでお昼を食べてから、そごうへ向かいました。
会場となっている8階の催事場に着くと、ワールドウォッチフェアという看板が目に入りました。

「ここじゃないな…。」
「ん?どこだ、九州は?」

「父さん、九州物産展はあさってからだよ( -_-)」

家族の視線が痛い、連休最終日となりました。

119 雲外蒼天

近年、神社参拝が趣味となりましたが、きっかけは、京都をひとりで旅した際に、ひょんなことから書き置きの御朱印をいただいたことでした。
近年は、御朱印ガールに代表されるファンの増加により「趣味は神社巡りです」と公言しても、ニッチな趣味だとは捉えられなくなってきました。

スタンプラリー化している現状を嘆く声も多い反面、参拝客の増加や客層の変化を歓迎している神社も少なくありません。
その証拠に、オリジナル御朱印帳や御朱印帳袋を販売する神社が増えたり、キティちゃんとコラボした御朱印帳を発行するなど、神社サイドも実態に合わせた対応を見せています。

その一方で、御朱印の授与を取りやめた神社もあります。
虎ノ門にある西久保八幡神社は、「昨今の現状を鑑み、当面の間御朱印の授与を中止いたします」とホームページに掲載しています。
無礼な参拝者がいたのでしょうか・・。
非常に残念です。

私は、神社参拝を趣味としてから、知識を深めようと努めてきました。
一昨年受検した「神社検定試験」がその象徴ですが、取得したのは最も低い参級です。
さらに上を目指さなくてはならないのですが、ひとつ大きな障害があります。

それは「数学は好きだけど歴史が苦手な文系」という私の性癖です。
学生時代、解を導き出す数学には歯応えとやり甲斐を感じたのですが、歴史なんて暗記科目でつまらないと、生意気な考えを持っていました。
歴史の重要さ、奥深さを知ったものの、時既に遅し・・。
歴史嫌いが将来の趣味に陰を落とすとは、予想だにしませんでした。

しかし、ここを克服しないことには、知識の上積みも神社検定の弐級も付いてきません。
学ぶことは楽しいのですが、苦手ジャンルの知識を蓄えることは、加齢とともに、非常に困難を極めています。

老け込み防止のため、そして、自らを鼓舞するため、検定試験に挑戦する意気込みだけは持ち続けています。
が、今年6月の神社検定試験は、見送りました・・。
そして漢字検定は、準一級のテキストを見て、その難しさに尻込みし、諦めの境地です・・。

ただ、京都検定の試験が年内にまだ残っています。
試験日は、2017年12月10日です。

京都検定には以前から関心を持っており、公式テキストは既に持っています。
ここ3年の3級合格率は、50%前後。
そして、今年の3級の公開テーマは「京都駅界隈」。

ん・・、どうしようか・・。

101 七珍万宝

御朱印を集めはじめて、早2年以上が経ちました。
最近は、御朱印帳を様々なカテゴリー別に分けています。

☆天満宮用(vol.1〜3)
☆八幡様用
☆護國神社用
☆全国一の宮用
☆東京十社用
☆京都の神社用
☆京都のお寺用・・・・ etc

分けているがために、持っていく御朱印帳が増え、ややこしくしているきらいがあります。
先日京都に行った際にも、5冊の御朱印帳を持参しました

ところで、御朱印ブームの影響か、オリジナル御朱印帳を扱う神社が増えている気がします。
また、御朱印帳に比べればわずかですが、「御朱印帳袋」を販売しているところも見受けます。

私の使用している御朱印帳袋は、母のお手製です。
以前紹介しましたが、2種類持っています。
ほかに、京都の石清水八幡宮と、広島の厳島神社で購入したものを所有しています。

そして、先日梅花祭の見学に訪れた北野天満宮でも、御朱印帳袋を販売していました。
これが4〜5回目の参拝になりますが、かつて御朱印帳袋が販売されていた記憶がありません。
ネットで調べてみても、特にヒットしないし・・・・。
ひょっとしたら、発売されたばかり??!!

☆右は以前購入した御朱印帳です。

100 雪裏清香

週末、また、京都へ行ってまいりました。
毎年2月25日に行われている、北野天満宮の梅花祭の見学が主たる目的でした。
梅花祭とは、菅原道真公の祥月命日に行われる祭典で、約900年の歴史があります。

この日は、三光門前広場で「梅花祭野点大茶湯」も催されます。
お茶を振る舞ってくれるのは、上七軒の現役の舞妓さんたち。
これが(特に男性からの)人気を集めている要因のひとつです。
野点に参加するには、1,500円の野点拝服券を購入しなければなりません。
このチケットは当日の購入も可能ですが、1ヶ月前も前から販売されています。

また、この時期、梅苑が公開されています。
開苑期間は梅の開花状況にもよりますが、例年2月初旬から3月下旬です。
様々な種類の梅の間を縫うように散策路が延び、お茶とお菓子を供する茶屋も開かれます。

しかして、私が北野さんに到着したのは午前9時10分頃。
既に、野点に参加する人たちがかなりの行列を作っていました。
この時点で野点への参加は断念し、梅苑の見学をメインに行動することに決めました。

拝殿で手を合わせ、古いお札やお守りを返納し、新しいお札を買い、御朱印もいただきました。
9時40分。
梅苑の公開は10時からですが、開苑を待つ30人ほどの列の最後尾に並びました。

そして、10時。入場料700円を納め、中へ通されました。
入園チケットには、茶菓引換券が付いていて、苑内の茶屋でいただくことができます。
まずは梅を愛でてから・・・・とも思いましたが、花より団子とばかり、休憩所へ向かいました。

椅子に腰掛け、梅茶とお菓子をいただきながら、数分携帯でLINEに興じ、顔を上げると・・・・、
茶屋はほぼ満席となっていました。
この時、10時7分でした。

この日は土曜日と好天とが重なったことで、混雑にさらなる拍車がかかったのでしょう。
しかし、広い梅苑内のベンチで梅に囲まれていると、まさに癒やされる思いでした。
暖かな初春の陽射しのもと、穏やかな時間を過ごすことができました。

「桜切る馬鹿、切らぬ馬鹿」という故事があります。
桜は幹や枝を切るとその部分が腐りやすいが、梅は余計な枝を切らないと翌年花が咲かなくなる。
そんな剪定方法の違いを教える言葉ですが、梅の剪定には、大層手間が掛かるのでしょう。
天満宮の梅を支える関係者の方々に、感謝の意を表したいと思います。