印刷」カテゴリーアーカイブ

174 枕経藉書

今日の読売新聞朝刊の社会面に、「先月 本が大売れ」という見出しを見つけました。
5月の紙の出版物の売り上げが前年比111.2%を記録し、2008年7月の調査開始以来、最高の伸び率だったそうです。

小中学校などの一斉休校により、児童書や学習参考書が大幅増加となったほか、「鬼滅の刃」など人気のマンガが、コミックの売り上げを前年比1.5倍以上に押し上げたそうです。

巣ごもり需要の高さがうかがえる結果だと思いますが、印刷業界に身を置く者として、このニュースを非常に嬉しく思います。
私の本業は商業印刷ですから、出版業界とは異なりますが、紙の本の需要が増えたという知らせは朗報です。

先月は新型コロナの影響で休業していた店舗も多く、営業を継続した約1,500店に限ると、134.2%の伸びだったとか。
都市部の大型書店はほぼ休業していましたから、街中の書店が売り上げを伸ばしたのでしょう。

私は書店、特に大型書店が好きなので、営業を再開を心待ちにしていました。
それ故、先日神保町の三省堂書店と丸善丸の内店を久しぶりに訪れて、ひときわ楽しい時間を過ごすことができました。

大好きなノンフィクションをはじめ、新刊の小説などを結構買い込んだのですが、あっという間に読み終えてしまったので、今日は有隣堂へ出向きました。
レジでズッシリと商品を受け取った時、ちょっと買いすぎたか・・とも思いましたが、全国民へ支給される10万円の使い途としてはまあいいか、と思ったりしています。

ところで、新聞には、専修大学の植村教授(出版学)のコメントも掲載されていました

多くの人は子どもの頃から、教科書をはじめ紙の本に親しんだ経験がある。「ステイホーム」と言われる中で、「読書回帰現象」が起きた。一過性の現象に終わらせず、紙の本の良さを見直す機会にしたい。

紙をめくる。
しおりを挟む。
表紙には書店のカバーが付いている。

これが、私にとっての読書です。
紙の良さをぜひ見直していただきたいと思います。

172 解衣推食

新型コロナウイルスの感染拡大により、世界中が甚大な被害を被っています。
我々の業界も、もちろん例外ではありません。

全日本印刷工業組合連合会が行ったアンケートによると、4月時点の売上への影響は「前年同月と比べて大幅に減少した」と回答した組合員企業は60%で、「僅かに減少した」の31%を合わせると9割以上が影響を受けました。

また、日本製紙連合会の紙・板紙需給速報によると、4月の印刷・情報用紙の国内出荷は前年同月比19.7%のマイナスでした。
とりわけ大幅な減少だったのは、カタログやチラシに使われる塗工紙で、25.9%減となりました。

4月上旬には、日本印刷産業連合会会長が新型コロナウイルス感染症の陽性が判明したとのニュースもありました。

一方、海外では、アメリカのビジネスや技術ニュースの専門ウェブサイト「Business insider社」が今年2月、「今後10年で雇用が大きく減少する20の産業」を発表しました。

上位はアパレル関連が多くを占めますが、印刷業界は堂々の14位。
印刷機のオペレーターは2028年までに11.8%雇用が減少、製本関連では労働者が15.2%縮小する可能性が高いと予想されています。

そもそも衰退産業の印刷業界は、新たなウイルスとの戦いでさらに厳しい状況に追い込まれています。

しかし・・、
負の要因ばかり考えていては、先に進めません。

とにもかくにも、弊社は社員が誰ひとり感染せずにここまで来られました。
元気ならば、頑張れます。

非常事態宣言は解除されました。
今日から月も変わりました。
積極的な営業活動はまだ憚られますが、気持ちを新たに明日に向けて歩みを進めていきたいと思っています。

この新型コロナウイルスとの戦いは、ある程度長期戦になることでしょう。
しかし、ポストコロナの時代が必ず到来します。
そして、その姿は従来とは大きく転変することでしょう。

「我々は今、歴史的岐路にいる」という表現は満更大げさではないかも知れません。

在宅勤務やビデオ会議の習慣化、大都市への一極集中の緩和などの労働環境における変化のみならず、人々の価値観にも大きな変化が生じているようです。

即ち、ステイホームを通して、これまでの無駄な消費や生活習慣が浮き彫りになり、簡素な方向へ舵を切る人が増えると言われています。

私も緊急事態宣言下にあって、思うことはありました。
飲食に耽溺していたかな・・。
不要な買い物をしていたな・・。

そして、何よりも強く感じたのは「人との関わりや繋がりの大切さ」です。

料理はテイクアウト、買い物は通販で置き配。
こればかりでは飽きてしまうし、充実感や満足感が足りません。
皆で楽しみ、繋がりが実感できることを求めるのは、いたって自然な流れでしょう。

今後は、個々人が自主的な管理のもと価値観を創造していく時代になるのだと思います。

169 率先垂範

新型コロナウイルスの感染拡大に伴い、史上初めて緊急事態宣言が発令されました。
人と人との接触を8割減らすことが求められています。

多くの企業がテレワークを導入し、働き方が大きく変わりました。
そんな中、アドビシステムズが発表したテレワークに関する調査結果に目が留まりました。
最も興味深かったのは、「テレワーク実施に伴う業務上の課題は」という問いへの回答です。

第6位 「稟議や書類処理が遅れる」(23.3%)
第5位 「会議が非効率になる」(24.0%)
第4位 「データや情報管理にセキュリティが心配」(24.4%)
第3位 「自分以外の仕事の進捗が把握しづらい」(35.0%)
第2位 「勤務場所にプリンタやスキャナーがない」(36.2%)

と続き、栄えある第1位は・・、
「会社にある紙の書類を確認できない」(39.6%)でした。

ここでも紙が悪者になっていることに、苦い思いがしました・・。

弊社は製造業ですから、100%テレワーク化は不可能ですが、オペレーターには自宅勤務を命じ、他の社員も時差出勤や交替勤務としています。
そもそも少人数なので、勤務体制変更の弊害は小さくありません。
しかし、今は接触を減らすことを最重要課題とし、人と社会を守る努力を重ねていきたいと思っています。

さて、新型コロナウィルスに関する政府の対応について、批判の声が日に日に強くなっているようです。

国民への給付金支給ではその方法で迷走し・・、
多くの国民がマスクの手作りを始めた頃、多額の費用を投じて布マスクを配布し・・、
医師会や東京都に比べ、緊急事態宣言発出の決断が遅いと指摘され・・、
そんな中、首相は自宅でくつろぐ画像をミュージシャンのSNSとコラボし・・、
剰え、首相夫人は大分の神社を集団で参拝し・・・・。

国難ともいえる現在の状況をリードしていく政治家は、それはそれは大変だと思います。
ただ批判するだけのコメンテーターに比べたら、その苦労は説明するまでもないでしょう。

ただ、敢えてひとつ申し上げるなら、政治家の金銭感覚には不満を覚えます。

先日、国会議員の給与を2割削減すると発表がありました。
しかし、調べてみると、給与にあたる議員歳費約1,550万円が1,240万円へと2割カットされただけで、ボーナスや立法事務費などは何ら変わらず、結果として4,170万円の年収が3,860万円になるのだそうです。

自粛を要請する側は経済的に大した影響は受けず、自粛要請を受ける側は存続の危機に直面していることに、不公平感を禁じ得ません。

この難局を脱するために、朝から晩まで、日曜祝日返上で対応策を考えている‼
そして、オレたちは給料もボーナスも返上する‼
そのお金は、生活に苦慮している方や医療従事者への支援に充当する‼
だから皆も頑張って欲しい‼

と与野党の垣根を超えて政治家がメッセージを出したなら、国民の受け止め方は変わるのではないかと思うのです。

世界を見渡すと、台湾やニュージーランドなど、政府の対応が国民から大きな支持を得ている国もあるようです。

国内でも、大阪や北海道の知事には、地元から絶大な信頼が寄せられています。
最近頻繁に発表される大都市における人出の減少数において、大阪・梅田がトップなのは吉村府知事の力によるところも大きいのかも知れません。

リーダーの資質について、嵩高に物を言うつもりは毛頭ありませんが、痛みを共有する心は大切にしたいと思っています。

168 安居楽業

2年前、京都へ紅葉見物に行きました。
時間に限りがありましたので、嵯峨野地域に限定して散策しました。
その際、二尊院を参拝し、3枚の色紙を拝領いたしました。

その1枚が上の「人生五訓」です。
短い5つの戒めの言葉に、いたく感動しました。
焦るな、怒るな、威張るな、腐るな、怠るな、と漢字で書いていないところもちょっといいですね。

近年、仕事が多忙になった時、ふと立ち止まってこの「人生五訓」を思い返すようにしています。今は年度末ですから、年間で最も忙しい時期です。
今朝も仕事の前に、自らに言い聞かせました。

年度末といえば、近年、3月になると製本所が異常なほど繁忙を極めます。
平日の残業はもとより、土・日も祝日も出勤しないと仕事が消化できません。

ペーパーレスによる印刷業界の低迷で、製本所の数は年々減少しています。
仕事量が全体に減っていますから、平時はどうということはありません。

しかし、年度内納めが極端に集中するこの時期だけは、業者数が減ったことで、現存の工場が一気にパンクするのです。

ところが、怒濤の3月が終わり、カレンダーを1枚めくると、潮が引くように仕事がなくなります。
これでは、3月の頑張りが報われず、空しい限りです。

話を二尊院の色紙に戻します…。
もう1枚の色紙には「心の糧七ヵ條」が書かれています。

一、此の世の中で一番楽しく立派なことは生涯貫く仕事をもつことである

一、此の世の中で一番さみしいことは自分のする仕事がないことである

一、此の世の中で一番尊いことは人の為に奉仕して決して恩に着せないことである

一、此の世の中で一番みにくいことは他人の生活をうらやむことである

一、此の世の中で一番みじめなことは教養のないことである

一、此の世の中で一番恥であり悲しいことはうそをつくことである

一、此の世の中で一番素晴らしいことは常に感謝の念を忘れずに報恩の道を歩むことである

生涯貫く仕事といえば、私の父が正に実践中です。
87歳にして毎日出社しています。
私には87歳の景色は想像もできませんが、日々自らを鼓舞し、社会の一員であり続けているのだと思います。

つい先日、ある病院の教授から、なぜ会社名が“伊豆”なのか、と質問を受けました。
丁稚奉公として上京したときから、いつか故郷の名を配した会社を興したかったという父の夢をお話ししたところ、「それは素晴らしい」とお誉めいただきました。

弊社は、この3月で45年目を迎えました。
印刷業界は逆風にさらされていますが、そんな中、仕事をいただけるのは有難いことです。
色紙の最後の1行にもある通り、感謝の念を忘れてはなりません。

そして、零細企業とて、守るべき社員とその家族がいます。
社員が安居楽業できるようにすることも、社長の重要な務めです。
安易なことではありませんが・・。

「安居楽業」:
今いる環境や状況に心安らかに満足し、自分の仕事を楽しんですること。自分の分をわきまえて不満をもたず、心安らかに自分のなすべき仕事をすることをいう。(goo辞書より)

152 寸草春暉

3月18日は、両親の結婚記念日です。
そして、今日、60回目の記念日を迎えました。

26歳と22歳だった新郎新婦は、86歳と82歳の老夫婦になりました。

しかし、父はまだ毎日仕事をしています。
母も元気ですし、料理の腕前は鈍っていません。

結婚60周年を、一般的に「ダイヤモンド婚式」と呼ぶのだそうですが、夫婦揃って、仲良く、そして元気にこの節目を迎えられるのは、とても幸せなことだと思います。

農家の三男坊として生まれた父は、旧制中学卒業とともに、商人になるという夢を抱いて上京しました。
「“こうりひとつ”で東京に出てきた」と昔から父に聞かされていましたが、「こうり」とは「竹や籐などを編んで作った籠の一種」で「行李」と書くようです。
要するに、荷物ひとつだけを抱え、伊豆の田舎町から東京に出て来た訳です。

一方、母も裕福ではない農家に生まれ、高校に進学することができませんでした。
藁だか何かを編む内職を手伝うから進学させて欲しい、と家族に懇願したそうですが、父を早くに亡くしたこともあり、少女の希望は通りませんでした。
上の学校に進学する級友たちを羨ましく見ていたという母の気持ちを、私には推し量ることなどできません。

そして、同じ印刷会社で偶然働くことになった2人は、昭和34年に夫婦となりました。

中央区月島の狭くて陽当たりの悪いアパートから始まった新婚生活は、まもなく2人の子どもが生まれたこともあり、金銭的には苦労したそうです。

私が社会人になってから、「学習塾の費用の捻出が大変だった」と聞かされました。
その事実を知った時、少なからずショックを受けました。

小学生の頃から、私が行きたいという塾には、自由に通わせてくれました。
中学受験もしましたし(失敗に終わりましたが)、高校も「都立はここしか受けない」と背伸びをした挙句に不合格となり、授業料の高い私立高校に進むことになっても、異議やお小言はありませんでした。
大学はかろうじて国立大学に合格しましたが、追加合格だったため、私立大学に入学金と授業料として70万円近くを出費しました。

進学に関して、私の選ぶ道に反対されたことは一度もありませんでしたが、お金の苦労を子供に悟られぬよう、親は陰で苦労していたのでしょう。
自分たちは進学が叶わなかったので、子供にはきちんと教育を受けさせたいという思いもあったのだと思います。

また、体調面でも、決して順風満帆ではありませんでした。

母は50代で、大腸癌を患いました。
その後、肝炎を起こしたり、腸閉塞で入退院を繰り返すなど、健康を害していた時期もありますが、我慢強い母は、病に負けず、元気を取り戻しました。

父は、一昨年、心臓の手術を受けました。
80歳を過ぎてからの心臓バイパス手術に際して、術前、看護師さんにこう言っていたそうです。

「老人のボクだが、まだやり残したことがある。だから、もう少し生かして欲しい・・。」

どうやら、その本意は「もう少し会社の役に立ちたい。セガレの一助になりたい。」ということだったようです。

自ら会社を興す、即ち、商人になるという夢を叶えたのが44歳の時でした。
学歴も資格もなく、親からの援助も全くなく、ただがむしゃらに家族のため働いてきた父は、80を過ぎてもなお仕事への情熱が衰えておらず、その意欲にはただただ敬慕の念を抱いています。

果たして自分は何歳まで仕事ができるか、そして、子供にどれだけの愛情を注ぎ続けられるか・・。
親のマネは出来ないな、と思っています。

歳を重ねてから、両親は勉強熱心になった気がします。
父は本をよく読みますし、母は四文字熟語の勉強をしているそうです。

人間死ぬまで勉強だと、背中で教えられているように思います。
私も昨年不合格に終わった漢字検定準一級試験を、今年もう一度チャレンジしたいと思っています。

ところで、天皇皇后両陛下にとって、今年は『結婚60年、即位30年』の年にあたります。
今上天皇は、昭和8年12月23日のお生まれで、ご結婚されたのは昭和34年4月10日。
偶然ですが、父と同年齢で、結婚した時期も1ヶ月と変わりません。

先日、陛下の即位30年と、天皇皇后両陛下の結婚60年を祝って、宮内庁職員による茶会が行われたそうです。
私も60回目の記念日当日に届くよう、京都・権太呂のうどんすきを贈りました。
後日、改めて、ささやかながら食事会を開きたいと考えています。

150 時世時節

政府は働き方改革を進めています。
その大きな課題のひとつに、長時間労働が挙げられています。
しかし、零細企業の経営者には、その是正はまるで縁のない話です。

今週末、土日ともに仕事をしました。

では、これがイヤかというと、そうでもありません。
むしろ仕事が手薄のときの方が、何倍も何十倍も重たいです。
零細企業とはそんなものだと、観念しています。

週末を仕事に費やすなら、楽しくやらない手はありません。
この時、抱えていた仕事は、すべてパソコン作業で、プリンターは不要。
ならば、今日だけ、ノマドワーカーになることにしました。

朝7時に自宅を出発して、まず向かったのは良く顔を出すカフェ。
ここで2時間以上、仕事をしました。
長居になりましたが、そこは顔なじみなので、許していただけるかなと・・。

その後、日比谷の帝国ホテルへ行きました。
「昼メシは、1階のパークサイドダイナーというレストランでステーキランチを食べる!」と、昨晩決めたのでした。
週末労働のご褒美といったところです。

帝劇で誰かを待ち受ける女性ファンの脇を抜けて、目的のレストランへ到着すると、ランチタイムを狙ったお客さんが、既に20〜30人並んでいました。

あちゃ・・と思ったものの、次から次へとお客さんが店内に案内されていきます。
結局、6〜7分後には、席に着くことができました。

メニューの「上高地フェア」に、若干気持ちが揺らぎましたが、初志貫徹でステーキをオーダー。
わさびとポン酢で、美味しくいただきました。
ライスの量を減らしてもらっても、十分お腹は満たされ、とても優雅な時間を過ごせました。

そして、最も関心したのが、スタッフのサービスです。

サラダを食べ終わり、器を下げると程なくして、
「ステーキランチ、ミディアムレアでご用意いたしました。」

ステーキを食べ終えると、間髪を入れず、
「紅茶をお持ちいたしました。お食事のお皿はお下げいたします。」

流石は一流ホテル。
このタイミングがまさに絶妙でした。
接客を通して、営業職の大切な基本を、改めて教えられた気がしました。

57歳・中年男のご褒美として、4,680円のステーキランチ。
たまには良しとしましょうか。

食後は、予約をした日比谷ミッドタウン内のワークスペースに行きました。
こういったスペースは都内のいたるところに存在するそうですが、私はここしか利用したことがありません。

私が借りたのは、1人用の「シングル」。
電源、wifi、コピー機、プリンター、スキャナーが設置されていて、もう少し人数の多いワークショップなどのために、プロジェクターやホワイトボードも用意されています。

それから、入店時にワンドリンク、いただけます。
追加の注文は、QRコードを読み取って、スマホから可能です。

隣席とは仕切りがあり、しかもカウンターにズラリと座るのではなく、1人用の席は2つ並んでいるだけなので、周囲はあまり気になりません。

仕事を始めて、ふと気付いた時は、入店から2時間15分が経過していました。
結局、夕方まで、4時間居座りました。
カフェに併設された場所なので、静寂の中という環境ではありませんが、仕事は順調に捗りました。

ここは、料金が安いのも魅力です。
この日、4時間で2,100円です。

ノートパソコンさえ持っていれば、様々なところで仕事ができるこの時代。
私がこの業界に入った活版印刷の時代は、遥か遠けき忘却の彼方ですね。

147 三拝九拝

私は、学会や研究会関連の仕事に携わることがよくあります。
しかし、これまで学会に参加したことはありませんでしたが、先週末、初めてその機会に恵まれました。

静岡県立大学で開催された、第8回日本在宅看護学会学術集会に参加させていただいたのです。
しかも、お邪魔させて欲しい、と申し出たところ、副理事長先生のご配慮により、ご招待(参加費免除)の扱いにしていただきました。
それでは、現地の先生方に差し入れをご用意いたします、とお約束しました。

というのも、準備期間中、静岡県立大学のご担当の先生が、2度にわたって、静岡名物のお菓子を宅配便の荷物に同梱してくださったのです。
そこで、今度は私が東京土産をお返ししよう、と思ったわけです。

購入したのは、CAFE OHZANの「クロワッサンラスク」。
今、一番人気といえば「N.Y.C.SAND」かと思ったのですが、金曜日夕方、待ち時間が1時間半以上でしたので、諦めました。
「ここが最後列」と書かれた看板には「お一人様10万円までにお願いします」とのメッセージもありました。
異常な人気に乗じて、横流しにする輩がいるのではないでしょうかね。

さて、当日は、気温こそ少し低めでしたが、朝から晴天となりました。
せっかく静岡まで行くのですから、少し早めに出発し、静岡天満宮と静岡縣護国神社を参拝しました。
好天に誘われ、駿府城公園も散策しました。
下は駿府城公園内の紅葉山庭園です。

引き出し状の大きな箱に入ったクロワッサンラスクを抱えつつ、楽しい時間を過ごすことができました。

さて、肝心の学会では、その大きなお菓子の箱を、静岡県立大学の先生に直接お渡しすることができましたし、10名近くの先生に、日頃の感謝をお伝えすることができました。

また、昨年私がご迷惑をお掛けした山梨県立大学の先生にも、お詫び申し上げることができました。
1年遅れになってしまいましたが、胸のつかえが取れた感じがしました。

ただ、数名お目に掛かれなかった先生がいらっしゃいます。
次回は、新宿での開催が決まっていますから、来年の課題にしたいと思います。

140 一水四見

今日は「奥付」について書いてみたいと思います。

以前、冊子の仕事を進めるなかで「奥付を作成しましたのでご確認願います」と担当の方にお願いしたところ、「奥付ってなんですか」と聞かれました。
一般的な用語ではないんだな、と改めて認識する機会となりました。

どの世界にもあるように、我々印刷業界にも独特の用語があります。

ノンブル、柱、トビラ、ドブ、断ち割り、小口、のど、咬え、化粧・・・・。

お客さんとコミュニケーションを図るため、専門の表現は極力使わないよう心がけていますが、「奥付」は、ほかの呼称が見当たらないので、そのまま使用していました。

改めて「奥付」とは・・・・、
書物の末尾にある、著者、編集者、発行者、発行日、印刷所、版数・刷数、定価など、出版発売に関することがらを記載した部分、をいいます。

奥付は日本独特のシステムです。
歴史的には11世紀末から始まったとも言われていますが、法的には、1722年(享保7年)、江戸幕府が公布した下記「新作書籍出板の儀に付触書」中の1条に由来しています。

何書物ニよらす、此以後新板之物、作者并板元之実名、奥書ニ為致可申候事。

その後もこの規則は受け継がれ、明治時代には出版法で記載形式が整えられましたが、1949年(昭和24年)5月、出版法の廃止とともに法的な規制は解除されました。

現在も掲載されているのは慣行として継承されているからであり、掲載の義務はありません。
しかし、大抵の出版物に今も奥付は残っています。

私は、本を見るとき、表紙の次に見るのは、決まって奥付です。
いつ発行されたのか、どこの印刷会社が担当したのかなどが、気になってしまいます。
一種の職業病ですね。

以前、内装工事会社の社長にそんな話をしたら、
「ボクはレストランやゴルフ場に行くと、まず天井を見ちゃうよ。」

なるほど。皆、それぞれですね。

128 心定理得

週末、会社のオンデマンド機を入れ替えました。
現在のマシンのリースがまだ残っていたのですが、機能が向上した上位機種を導入することにしました。

設置前に、200ボルトへの電源工事が必要でした。
業務に支障を来さないよう、金曜日夜7時から施工していただきました。
遅い時間や週末の作業依頼が多い電気工事の方は、大変ですね。
ついでに、という訳ではありませんが、トイレのコンセントがブラブラしていたので見ていただいたところ、気持ちよく修理してくれました。
すべての作業が終わったのは、午後9時半過ぎでした。

そして、土曜日。
いつもより少し遅めの7時過ぎに出勤すると、ゼロックスの担当者が9時過ぎに来社。
その後、10時頃から搬出と搬入が始まりました。

水平を測ったり、部品を取り付けたり、色調整をしたり、プリンタドライバをインストールしたり、以前のマシンからジョブを移行したり・・。
多くの作業を抱えるなか、一部円滑に運ばなかったところもあり、終了したのは予定の午後3時を大幅に超え、まさかの8時でした。

加えて、日中、私をひどく悩ませてくれる事件がまたもや舞い込み、土曜日帰宅後はヘナヘナでした。

夜の8時や9時・・と思われるかもしれませんが、毎朝6時半(今週は雪の影響もあって6時)に出勤している朝型人間の中年男には、降雪から始まったこの1週間は些かハードでした。

なおもってまずかったのは、その夜です。

夕飯もそこそこに風呂に入り、浴槽で「ふう・・」とため息をついたとき。
補聴器を付けたまま風呂に入ってしまったことに気づき、急いで外そうと左耳を触ったところ、肝心の補聴器がないのです。

あれ?今朝は久々に補聴器付けたよな・・」

先週末から風邪気味で毎日マスクを付けていたので、今週は補聴器を装着していませんでした。
というのも、補聴器とマスクを同時に付けることは可能なのですが、マスクを外すと補聴器も一緒に取れてしまうので、今週は補聴器を装着しなかったのです。

「でも今朝は間違いなく装着したはずだよなあ・・」
「帰宅する前に外した記憶はないしなあ・・」

その時点で、保管ケースを確認するなり、脱衣カゴ周辺を探すなりすれば良かったのですが、疲れていたことと、精神的にややイライラしていたこともあり、浴槽で疲れてぐったりしてしまいました。

そして、風呂でリフレッシュし、補聴器のことをすっかり忘れ、パソコンに向かって仕事をはじめてしばらく経った頃。

「おとーーさあーーん!!」

カミさんの声のテンションがいつもと違います。

「補聴器、洗濯機で洗っちゃった!脱水もかけちゃった!!どこに置いてあったのか、全然気付かなかった!!!」

シャツを脱いだとき、一緒に落下して、衣服に紛れたようです。

取り敢えず装着してみると・・、
やはり作動しません・・・・。

補聴器、22万円でした・・。

社員によく言う「確認」。
やっぱり「確認」はすぐやらねばダメですね。
風呂から上がってすぐなら、脱衣カゴで発見できたはずです。

「行動や道理を正しく、心を安定させよ」という神様のお告げですね。

110 皇統連綿

6月9日、天皇陛下の退位を認める特例法が、参院本会議で自由党を除く与野党の全会一致で可決、成立し、光格天皇以来約200年ぶりの退位に向けて第一歩を踏み出しました。
退位は陛下一代を対象としていますが、政府は、将来の先例となり得るとの見解を示しています。

昨年夏、陛下は、年齢と健康問題を理由に、在位30年を節目として譲位する意向を示されました。
しかし、天皇は憲法第4条で「国政に関する機能を有しない」と定められているため、陛下の「お言葉」を理由に法律を作ると憲法違反の疑いが生じることから、特例法の第1条には、以下の文言が含まれています。

・・・国民は、御高齢に至るまでこれらの御活動に精励されている天皇陛下を深く敬愛し、この天皇陛下のお気持ちを理解し、これに共感していること、さらに、・・・

主権者である国民の理解に基づいた法律であることが強調されている訳です。

一方、昨年開かれた有識者による会合では、「天皇は祈るだけで他に何もしなくてよい」「存在するだけで有難い」という意見があったと知り、非常に違和感を覚えました。

話の本質としては、棟梁が「もう歳だから後進に道を譲る」と言っているのですから、下で働く職人たちはその道筋をつければよいと思うのです。
隠居すべき、隠居すべきでないと議論するのは、筋違いなのではないかと・・。

最終的には、世論に押されて成立の運びになったと言っても過言ではないかと思います。

また、女性宮家の創設も重要な課題となっています。
自民党内では慎重論が強いようですが、私は必要ではないかと思っています。
ただ、眞子さまがご結婚されて民間人になられた後に、佳子さまや愛子さまが皇族の地位にとどまられたりすることになると、これも問題だと思います。

また、陛下の孫の世代で、男性皇族は悠仁さまだけですから、いずれ、相当量の公務を悠仁さまが抱えることになるのではないでしょうか。
安定的皇位継承や皇族減少への対策は、いち早く検討すべきだと思います。

今後の日程は、2019年元日に「平成」を改元する案を軸に、進んでいくようです。
ただ、印刷業としては、事前に改元が決定していると「特需」が発生しないなと感じたりします。
突然元号が変わった方が、刷り直しによって印刷業界が少し潤うかと・・・・。
些か不謹慎ですね。発言撤回します・・。

200年ぶりに行われる儀式に立ち会えることを、素直に、楽しみにしたいと思います。