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134 延頸挙踵

私は年に一度は京都を訪れますが、楽しみの一つは「お菓子」です。
お酒が苦手な私にとって、京都の様々なお菓子は非常に魅力的です。

お気に入りのひとつは、村上開進堂のロシアケーキです。

ロシアケーキという名ですが、いわゆるケーキではなく、クッキーです。
その食感はややしっとりとしていて、サクサク感はなく、口悪く表現すれば「湿気てる?」とも言えます。
味は、ひとことで言えば、素朴。
手作りなので、どことなく不揃いなところもあります。

しかし、唯一無二のおいしさです。
カミさんにも好評です。

また、村上開進堂には、もうひとつ「予約制」のクッキーがあります。
こちらは缶に入っており、サイズは大と小があります。
価格はたしか6,000円と4,500円。
送料が別途必要なので、なかなかのお値段となります。

今年1月、家族で京都を旅行した際、はじめてクッキー缶(小)を予約しました。
宅配便の送り状を書きながら、だいたいの納期を尋ねると・・、

「およそ3ヶ月待ちとなります。」

若い女性スタッフに京都弁でさらりと言われ、ビックリ。
ゴールデンウイークの楽しみが増えたと思えばいいかと思い直し、会計を済ませました。

それから時間は流れ、先週木曜日。
遂に到着いたしました!

忘れかけていたころに到着、といった感じです。

味わいのある包装紙を解くと、これまた風情のある和紙のあて紙と水引。
捨てないで、本のカバーにでもすれば良かったか・・。

そして、3ヶ月掛かってのご対面です。
クッキーが、缶にぎっしり詰まっていました。

肝心のお味は、甘すぎず、大人のクッキーという印象です。
全部で11種類ありますから、いろいろな味を楽しめますので、ついつい止まらなくなります。

到着して数日。
殊の外、缶の中が減っています。
このままでは、ゴールデンウイークまでになくなってしまう可能性も出てきました・・。

121 意気消沈

神社を巡っていると、美味しい和菓子をよく見かけます。
美味しいのはもちろんのこと、どれも歴史と伝統あるお菓子です。
有名なものばかりですが、いくつかご紹介したいと思います。

①福太郎本舗「福太郎餅」(三嶋大社)
この盛り上がったあんこの形状から、「リーゼント餅」とも呼ばれています。
「烏帽子」をイメージしているそうですが、見かけは黒髪のリーゼントです。
境内の福太郎茶屋で食べられる温かいお茶と福太郎餅2つのセットは、税込み200円。
値段も手頃で、オススメです。
お土産用は12個入りで950円、賞味期限は4日です。
私は12個入りを3つ購入しましたが、お餅なので結構重たかったですね・・。

②粟餅所澤屋「粟餅」(北野天満宮)
創業は室町時代の1682年。
炊きたての粟を店内の臼でついた餅に、餡ときな粉をまぶしただけの素朴な和菓子です。
作り置きはしないので、注文のたびに、職人さんが慣れた手つきで作ってくれます。
形状は、餡の餅は丸く、きな粉の餅は細長くなっています。
これは、きな粉はつけてもこぼれてしまうので、極力たくさんつくよう表面積を広くしたそう。
そのご主人の気持ちをあらわすかのように、きな粉餅には餅の形が埋もれるくらい、たっぷりのきな粉がまぶしてあります。
当て紙もクラシックでとても味がありますが、残念ながら写真がありません。

③やわた走井餅老舗「走井餅」(石清水八幡宮)
三大八幡様のひとつ、石清水八幡宮の門前名物は「はしりいもち」です。
独特なこの形は刀を模しているそうで、やわらかいお餅の中には、北海道産小豆を用いたこし餡がぎっしり入っています。
写真は煎茶セットで350円。
お土産用は、10個入り1200円、20個入り2,300円など。
きな粉、抹茶、いちごの3種類の味が楽しめる「八幡野」というチョコあられも、おしゃれで美味しいです。

④かさの家「梅ヶ枝餅」(太宰府天満宮)
その由来は、太宰府に左遷された道真公が、日々の食事にも困窮しているのを見かねた近くの老婆が、粟餅を梅の枝に刺して格子の間から差し上げた、というものです。
実は、私はまだ太宰府天満宮に行ったことがないのですが、カミさんが福岡に行った際、お土産にリクエストしました。
元々、大のあんこ好きな私も、さほどでないセガレも、大好きになりました。

冷凍をチンして食べても十分美味しいのですが、やはり、焼きたての「外はパリパリ、中はしっとり」をいつか味わいたいと思っていました。
すると、横浜そごうで九州物産展が開催されていて、かさの家も出店し、実演販売していることをネットで知りました。

「明日は、ベイクォーターのアイランドヴィンテージコーヒーでアサイーボウルを食べてから、そごうで焼きたての梅ヶ枝餅を食べに行くぞぉ!」

意気揚々と家族を誘い、好天の体育の日、食欲優先の計画を実行しました。

アサイーボウルの人気ナンバーワンとも言われるアイランドヴィンテージコーヒーでお昼を食べてから、そごうへ向かいました。
会場となっている8階の催事場に着くと、ワールドウォッチフェアという看板が目に入りました。

「ここじゃないな…。」
「ん?どこだ、九州は?」

「父さん、九州物産展はあさってからだよ( -_-)」

家族の視線が痛い、連休最終日となりました。

119 雲外蒼天

近年、神社参拝が趣味となりましたが、きっかけは、京都をひとりで旅した際に、ひょんなことから書き置きの御朱印をいただいたことでした。
近年は、御朱印ガールに代表されるファンの増加により「趣味は神社巡りです」と公言しても、ニッチな趣味だとは捉えられなくなってきました。

スタンプラリー化している現状を嘆く声も多い反面、参拝客の増加や客層の変化を歓迎している神社も少なくありません。
その証拠に、オリジナル御朱印帳や御朱印帳袋を販売する神社が増えたり、キティちゃんとコラボした御朱印帳を発行するなど、神社サイドも実態に合わせた対応を見せています。

その一方で、御朱印の授与を取りやめた神社もあります。
虎ノ門にある西久保八幡神社は、「昨今の現状を鑑み、当面の間御朱印の授与を中止いたします」とホームページに掲載しています。
無礼な参拝者がいたのでしょうか・・。
非常に残念です。

私は、神社参拝を趣味としてから、知識を深めようと努めてきました。
一昨年受検した「神社検定試験」がその象徴ですが、取得したのは最も低い参級です。
さらに上を目指さなくてはならないのですが、ひとつ大きな障害があります。

それは「数学は好きだけど歴史が苦手な文系」という私の性癖です。
学生時代、解を導き出す数学には歯応えとやり甲斐を感じたのですが、歴史なんて暗記科目でつまらないと、生意気な考えを持っていました。
歴史の重要さ、奥深さを知ったものの、時既に遅し・・。
歴史嫌いが将来の趣味に陰を落とすとは、予想だにしませんでした。

しかし、ここを克服しないことには、知識の上積みも神社検定の弐級も付いてきません。
学ぶことは楽しいのですが、苦手ジャンルの知識を蓄えることは、加齢とともに、非常に困難を極めています。

老け込み防止のため、そして、自らを鼓舞するため、検定試験に挑戦する意気込みだけは持ち続けています。
が、今年6月の神社検定試験は、見送りました・・。
そして漢字検定は、準一級のテキストを見て、その難しさに尻込みし、諦めの境地です・・。

ただ、京都検定の試験が年内にまだ残っています。
試験日は、2017年12月10日です。

京都検定には以前から関心を持っており、公式テキストは既に持っています。
ここ3年の3級合格率は、50%前後。
そして、今年の3級の公開テーマは「京都駅界隈」。

ん・・、どうしようか・・。

101 七珍万宝

御朱印を集めはじめて、早2年以上が経ちました。
最近は、御朱印帳を様々なカテゴリー別に分けています。

☆天満宮用(vol.1〜3)
☆八幡様用
☆護國神社用
☆全国一の宮用
☆東京十社用
☆京都の神社用
☆京都のお寺用・・・・ etc

分けているがために、持っていく御朱印帳が増え、ややこしくしているきらいがあります。
先日京都に行った際にも、5冊の御朱印帳を持参しました

ところで、御朱印ブームの影響か、オリジナル御朱印帳を扱う神社が増えている気がします。
また、御朱印帳に比べればわずかですが、「御朱印帳袋」を販売しているところも見受けます。

私の使用している御朱印帳袋は、母のお手製です。
以前紹介しましたが、2種類持っています。
ほかに、京都の石清水八幡宮と、広島の厳島神社で購入したものを所有しています。

そして、先日梅花祭の見学に訪れた北野天満宮でも、御朱印帳袋を販売していました。
これが4〜5回目の参拝になりますが、かつて御朱印帳袋が販売されていた記憶がありません。
ネットで調べてみても、特にヒットしないし・・・・。
ひょっとしたら、発売されたばかり??!!

☆右は以前購入した御朱印帳です。

100 雪裏清香

週末、また、京都へ行ってまいりました。
毎年2月25日に行われている、北野天満宮の梅花祭の見学が主たる目的でした。
梅花祭とは、菅原道真公の祥月命日に行われる祭典で、約900年の歴史があります。

この日は、三光門前広場で「梅花祭野点大茶湯」も催されます。
お茶を振る舞ってくれるのは、上七軒の現役の舞妓さんたち。
これが(特に男性からの)人気を集めている要因のひとつです。
野点に参加するには、1,500円の野点拝服券を購入しなければなりません。
このチケットは当日の購入も可能ですが、1ヶ月前も前から販売されています。

また、この時期、梅苑が公開されています。
開苑期間は梅の開花状況にもよりますが、例年2月初旬から3月下旬です。
様々な種類の梅の間を縫うように散策路が延び、お茶とお菓子を供する茶屋も開かれます。

しかして、私が北野さんに到着したのは午前9時10分頃。
既に、野点に参加する人たちがかなりの行列を作っていました。
この時点で野点への参加は断念し、梅苑の見学をメインに行動することに決めました。

拝殿で手を合わせ、古いお札やお守りを返納し、新しいお札を買い、御朱印もいただきました。
9時40分。
梅苑の公開は10時からですが、開苑を待つ30人ほどの列の最後尾に並びました。

そして、10時。入場料700円を納め、中へ通されました。
入園チケットには、茶菓引換券が付いていて、苑内の茶屋でいただくことができます。
まずは梅を愛でてから・・・・とも思いましたが、花より団子とばかり、休憩所へ向かいました。

椅子に腰掛け、梅茶とお菓子をいただきながら、数分携帯でLINEに興じ、顔を上げると・・・・、
茶屋はほぼ満席となっていました。
この時、10時7分でした。

この日は土曜日と好天とが重なったことで、混雑にさらなる拍車がかかったのでしょう。
しかし、広い梅苑内のベンチで梅に囲まれていると、まさに癒やされる思いでした。
暖かな初春の陽射しのもと、穏やかな時間を過ごすことができました。

「桜切る馬鹿、切らぬ馬鹿」という故事があります。
桜は幹や枝を切るとその部分が腐りやすいが、梅は余計な枝を切らないと翌年花が咲かなくなる。
そんな剪定方法の違いを教える言葉ですが、梅の剪定には、大層手間が掛かるのでしょう。
天満宮の梅を支える関係者の方々に、感謝の意を表したいと思います。

99 桑原桑原

セガレの中学受験に際して、全国の天満宮を巡りましたが、菅原道真公と天満宮について、少し書き留めたいと思います。
(外山晴彦氏監修、成美堂出版発行「神社辞典」改変)

幼少より文武両面に才能を発揮した道真は、899年、右大臣にまで昇り詰めました。
しかし、宇多天皇を追い落とそうとする藤原時平と醍醐天皇の陰謀に巻き込まれた道真は、左遷された太宰府で、無実を訴えたまま生涯を終えます。

道真が亡くなった頃、京都では時平の早死にや御所への落雷など不吉な事件が相次ぎます。
更に疫病の流行や天候不順から来る飢饉など、様々な災害にも見舞われます。
これを無実の罪で道真を太宰府に左遷した天罰ではないかという声が出てきました。

結局、醍醐天皇の勅命が下され、919年、道真の墓所に創建された安楽寺が後の太宰府天満宮の始まりです。

太宰府天満宮は当初、無実の罪で左遷された道真の生前の功績を讃え、菩提を弔うためでしたが、年月が経つにつれ、藤原氏の陰謀による左遷という事実は忘れられがちになり、道真は才能溢れる学者にして政治家として記憶されるようになっていきました。
このため、太宰府天満宮の性格も、道真の御霊を鎮める神社としての性格は薄れ、道真の才能にあやかろうとする参拝者が多くなり、太宰府天満宮は学問の神様・菅原道真を祀る神社として崇敬されるようになっていきました。

一方、道真の死後、京都を襲った異変について、もっと詳しく記したいと思います。
(Wikipedia「菅原道真」改変)

菅原道真の死後、京には異変が相次ぐ。
まず、道真の政敵・藤原時平が延喜寿9年(909年)に39歳の若さで病死すると、続いて延喜13年(913年)には道真失脚の首謀者の一人とされる右大臣・源光が狩りの最中に泥沼に沈んで溺死し、更に醍醐天皇の皇子で東宮の保明親王(時平の甥)が延喜23年(923年)に病死、次いでその息子で皇太孫となった慶頼王(時平の外孫)が延長3年(925年)に相次いで病死。
さらには延長8年(930年)、朝議中の清涼殿が落雷を受け、昌泰の変に関与したとされる大納言・藤原清貴をはじめ朝廷要人に多くの死傷者が出た(清涼殿落雷事件)うえに、それを目撃した醍醐天皇も体調を崩し、3ヶ月後に崩御した。

恐るべし、道真公の怨念(笑)。
よくもこんなに悲惨な事件が頻発したものです。

ところで、道真公が怨霊となって、京の都中に雷を落とした折り、菅原家所領の地・桑原には何故か一度も落雷がなかったと伝えられています。
落雷よけの呪文「くわばらくわばら」は、この故事に由来しているのだそうです(諸説あり)。

菅原道真公は承和12年6月25日の生まれで、延喜3年2月25日に亡くなっています。
また、太宰府に左遷されたのが、昌泰4年1月25日とも言われています。
これらにちなんで、毎月25日を「天神さんの日」とし、全国の天満宮で縁日が行われています。
そして、1月25日、その年初めての縁日を「初天神」と呼びます。

そんな訳で、今日のブログは、落語の「初天神」で締めたいと思います。
(Wikipedia「初天神」)

良く晴れた1月25日、男が天満宮に参拝に出掛けようとした。すると、女房が息子も連れて行ってくれと頼む。男は、息子が物を買ってくれとうるさくせがむのが分かっており、乗り気ではなかった。しかし、折悪しく、外から息子が帰ってくる。
男は、どうしても付いて行きたいと懇願する息子をつっぱねる。
すると、ヘソを曲げた息子は、隣の親父の家へ出かけて行く。

『面白い話聞きたくな~い?あのね、昨日の夜の、うちのおとっつぁんとおっかさんの、おはなし』
男は、そんなことを外で話されてはたまらないと、大慌てで息子を連れ戻し、しぶしぶ初天神に連れて行くのだった。

天満宮への道を歩きながら、父は息子に買い物をねだるなと念を押す。
しかし、息子は
「ね、おとっつぁん、今日はおいらあれ買ってくれーこれ買ってくれーっておねだりしないでいい子でしょ」
「ああ、いい子だよ」
「ねっ。いい子でしょ。ごほうびに何か買っておくれよ!」
これでは、いつもと同じである。
息子がさまざまな果物を買えと催促するが、父は「体に毒だから」と無理な理屈で拒否する。
しかし、息子が余りにうるさいので口塞ぎのために、やむを得ず飴玉を買うことにした。
店先で売り物の飴を散々ねぶり回して吟味する父に、飴屋の親父もあきれ顔。
飴を買ってもらって御機嫌の息子は、飴を舐めながら歌を歌う。

二人は天満宮の参拝を終えた。息子は、凧を買ってくれるよう催促する。
「あの1番大きいのがいい」
「馬鹿だな、ありゃあ店の看板だい」
「売り物ですよ。坊ちゃん、買ってくんなきゃあすこの水溜りに飛び込んで着物汚しちまうってお言いなさい」
「変な入れ知恵すんねえ!」
父は、しぶしぶ凧を買い、天満宮の隣にある空き地に息子を連れて行く。

男は、凧揚げは子供時代に腕に覚えがあったことを息子に自慢し、まず自分がと凧を揚げる。
そのうち、男は、すっかり夢中になってしまい、息子が「凧を揚げさせてくれ」と脇から催促するのに対して、「うるせえっ!こんなもなァ、子供がするもんじゃねえんだい!」
と一喝して凧を渡そうとしない。
息子は、無邪気に遊ぶ父の姿を見て、
「こんなことなら、親父なんか連れてくるんじゃなかった」とぼやくのだった。

お後がよろしいようで。

80 報恩謝徳

昨年7月から、セガレの中学入試合格祈願のため、あちこち天神様を巡りました。
京都の北野天満宮をはじめ、東京近郊だけでも23ヵ所参りました。

その甲斐あって第一志望校に合格することができ、受験後、間もなく御礼参りを始め、先日、ようやく区切りを付けることができました。

拝殿で手を合わせていると、合格祈願のときは心の余裕がなかったな、と感じました。
御礼参りに出向いて、落ち着いた心境で新たに参拝できたことは収穫でした。

湯島天満宮・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(文京区)
久里浜天神社・・・・・・・・・・・・・・・・・・(横須賀市)
亀戸天神社・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(江東区)
谷保天満宮・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(国立市)
平河天満宮・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(千代田区)
五條天神社・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(台東区)
布多天神社・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(調布市)
西向天神社・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(新宿区)
成子天神社・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(新宿区)
永谷天満宮・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(横浜市)
岡村天満宮・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(横浜市)
牛天神北野神社・・・・・・・・・・・・・・・・(文京区)
荏柄天神社・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(鎌倉市)
千葉天神〈千葉神社摂社〉・・・・・・(千葉市)
新井天神北野神社・・・・・・・・・・・・・・(中野区)
大宮天満宮〈大宮八幡宮摂社〉・・(杉並区)
町田天満宮・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(町田市)
徳丸北野神社・・・・・・・・・・・・・・・・・・(板橋区)
(参拝順)

御朱印をいただいたのは上記18ヵ所です。
櫻木神社(文京区)と北野神社(江戸川区)では、あいにく頂戴できませんでした。

一方、受験が終わってからお参りに伺った天神様もあります。
菅原神社・・・・・・・・・・・・(東京都町田市)
東蕗田天満社・・・・・・・・(茨城県結城郡)
大生郷天満宮・・・・・・・・(茨城県常総市)

これで合計23ヵ所になります。
こんなにもたくさんの天神様でご祈願させていただいたんだ、と感慨深い思いです。
「お主、また来たんか!」と道真公に煙ったがられたかも知れませんが……。

しかし、参拝に訪れたい天神様は、全国にまだまだあります。

やはり、日本三大天神は、ぜひとも制覇したいですね。
北野天満宮には参拝させていただいたので、あとは太宰府天満宮と防府天満宮です。

名古屋三大天神の上野天満宮、桜天神社、山田天満宮もいいですね。
それから、大阪の上宮天満宮と福島天満宮も魅力的です。

忘れてはならないのが、仙台市にある杜の都の天神様・榴岡天満宮です。
「東風吹かば匂ひおこせよ梅の花」
この有名なご詠歌が入った「見開き」の御朱印がいただけるのです。

宮城縣護国神社や大崎八幡宮・亀岡八幡宮も巡りながら、お昼は牛タン、食後は「ずんだ餅」。
そんな目論みを、家族には隠密に、そして、着々と進めています…。

67 曇華一現

先日京都で立ち寄った、小さな小さな天神様の話です。

京都ひとり旅の楽しみのひとつは、昼ご飯です。
京都には様々なジャンルの美味しいお店がひしめいています。

今回私は、京都屈指の繁華街・四条河原町から少し西に進んだところにある、本家尾張屋という蕎麦屋さんでお昼をいただきました。

この店は、創業550余年という歴史を誇るお蕎麦屋さんで、蕎麦がおいしいことは勿論、「そば餅」というお菓子(饅頭)がとっても美味しいのです。
それもそのはず、創業時は和菓子屋だったのだそうです。

火除天満宮02

天麩羅御膳でお腹を満たしたあとは、すぐ裏手にある火除天満宮を参拝しました。

上の写真は寺町通りから撮影したものです。
見ての通り、ビルの一角のようなところに鎮座しています。

撮ったアングルが悪いのですが、左側はセブンイレブンです。
入口脇には大変立派な社号標があるのですが、神社の存在に気づかない人も多いと思います。

右側の鳥居の先が参道です。
が、ビルの側道のようなロケーションです。
左側はビルの壁面なので、かなりの圧迫感があり、一般的な参道とはかなり差違がありますが、当然手水舎もありますし、社務所や神牛もあり、小さな橋も架かっています。
そして、20mほど進んだ突き当たりの左側に拝殿があるのです。

因みに、火除天満宮(ひよけてんまんぐう)という名称の由来は、元治元年(1864)の蛤御門(はまぐりごもん)の変で、この一帯だけが奇跡的に類焼を免れ、その後もしばしば火難から救われたという伝承によるのだそうです。

とても小さな天神様なので、普段は無人です。
しかし、キレイに手入れがされていて、気持ち良く参拝ができます。

無人なので御朱印はいただけない・・と思われがちなのですが、実はいただけます!
もちろん、自動販売機で売っているわけではありません。

岡本鏡店

実は、斜め向かいにある岡本鏡店さんという一般の商店でいただけるのです。
火除天満宮さんには特に氏子がいないため、地域の中で「岡本鏡店」さんが代表で神社を管理されているそうです。

そうと知りつつも、入店するには少し勇気が入りました。
“ ひょっとしてガセネタなのではないか・・。”
“ そもそも鏡屋さんって、これまで入った経験がないし・・。”

少し胸の動悸を感じつつ、店のドアを開けました。

「こちらで天神様の御朱印がいただけると伺ったのですが・・。」

と申し上げると、男性スタッフの方が快く応対してくださいました。
社務所以外で御朱印をいただくという、貴重な経験をしました。

火除天満宮御朱印

66 乾坤一擲

先週末、またまたひとりで京都に行ってまいりました。
今回のテーマは「京都の天満宮巡り」です。

セガレの中学受験合格を祈念し、昨年、北野天満宮さんを訪れました。
そして、志望校の合格をいただいた後、お礼参りに伺いました。
その時、ほかの天神様もいつかは参拝したいと思い、ようやく先週末に実現した次第です。

私は京都に行くと、まずは決まったルーチンに則って行動します。
最初にお参りするのは、セガレを授けてくださった上徳寺さん。
そして次に、商売繁盛の伏見稲荷大社をお参りする。
この2箇所の参拝を済ましてから、ほかの寺社へ向かうことにしています。

さて、今回、その2箇所を参拝した後に訪れたのは、藤森神社(ふじのもりじんじゃ)です。
ここは、三室戸寺や三千院等と並んで、京都屈指の紫陽花の名所として知られています。
天神様がテーマの旅だったのですが、どうしても紫陽花を見学したくて、行程に入れました。

藤森神社01

下の御朱印は、この時期限定で授与していただけます。
また、淡い紫色のオリジナル御朱印帳もお薦めです。
紫陽花色に、銀の箔押しが大変美しく、センスの良い仕上がりです。

藤森神社04藤森神社御朱印帳

ここ藤森神社は、約1800年前に、神功皇后によって創建された由緒正しき古社です。
菖蒲の節句発祥の神社としても知られ、今日では勝運と馬の神様として篤い信仰を集めており競馬関係者や競馬ファンが多く参拝することでも有名です。
「菖蒲」が「勝負」に転換したのでしょうか・・。

藤森神社03

参集殿の前には、こんな外観をした飲料の自動販売機がありました。
何も知らずにお金を入れ、お茶のボタンを押すと、

「ヒヒーン!」

馬の鳴き声が聞こえたかと思ったら、

「パンパカパーン、パンパンパンパンパカパーン!!」

ファンファーレが鳴りました。

いくら馬の神様とはいえ、これは関西のノリですね。
因みに、ダイドードリンコの自動販売機でした。
また、出てきたペットボトルのお茶は、フツーの商品でした。

それから、こんな案内板もありました。
第一鳥居をくぐってまもなくこの標識を見た時、一瞬、どっちを歩くべきか迷いました(笑)。

藤森神社02

馬の神様に掛けた有名なお守り「うまくいく御守」も買いました。
ん?
明日は宝塚記念だぞ・・。
勝負か・・?

59 吉凶禍福

石清水八幡宮に関して、もうひとつご紹介したいことがあります。
それは、おみくじです。
私が引いたおみくじはこれでした。

「平」

「平」です。
「たいら」と読むのだそうです。
調べて見ると、石清水八幡宮以外にも、広島の厳島神社や大阪の住吉大社、香川の金刀比羅宮などでも見られるそうで、場所によっては「へい」「ひら」と読む場合もあるそうです。

石清水八幡宮のおみくじに「平」があることは、事前に調べて知っていました。
ですから、参拝に行ったときは試しに引いてみようと決めていたのですが、まさか本当に「平」を引くとは思いませんでした。
いわば狙って引いたも同然ですから、「大吉」よりも嬉しかったですね。

「平」は『普通』という意味で、吉凶のふり幅が狭いのだそうです

調べてみると、ここには「未分」という運勢のおみくじもあるそうです。
「いまだわかれず」と読み、吉にも凶にもなるという意味だそうです。

普段は、大吉でも凶でも神社に結んでくるのですが、こればかりは持ち帰ってきました。
この日の午後、北野天満宮さんで引いた「大吉」のおみくじとともに。