カテゴリー別アーカイブ: 吃驚

126 絢爛豪華

今日、迎賓館へ行ってきました。
当然ですが政府からお招きをいただいた訳ではなく、天気予報が良かったので、カメラ片手にぶらりと出掛けてきた次第です。

正しい名称は「迎賓館赤坂離宮」というのだそうです。
周囲を車で通ったことは数知れずありますが、正面の瀟洒な門構えをじっくり見た記憶もないですし、ましてや、中に入ったことなどありませんでした。

まずは、早朝、人の少ない時間帯に正門を撮影しました。
警備する警官の姿もなく、静かで、厳かな冬の朝が撮れました。

公式サイトによると、正門から入ったところの前庭を見学するのは自由ですが、本館や主庭、および和風別館を見学したい場合は事前予約が必要だそうです。

迎賓館赤坂離宮では、外国からの賓客の接遇に支障のない範囲で一般公開を行っています。
急遽接遇を行う場合には、予定されていた一般公開が中止になることがありますので、御面倒でもお出かけ前に必ず下記公開状況を御確認下さい。Twitterでもお知らせいたします。
一般公開は、下記申込みページからの事前予約によるほか、事前予約なしで当日お越しの方も御参観いただけます(混雑時は、事前予約をされた方の受付が優先されます)。

早朝撮影のあと、四谷駅前のカフェで仕事に傾注し、開門時間の10時少し前に、もう一度戻ってみました。
「当日お越しの方も御参観いただけます」の一文に賭けてみたのです。

すると、予約なしでも見学が出来るとのアナウンスがあり、見学希望者は西門に案内されていました。
私もその流れに付いて行き、入口に到着すると、早くも100人以上の列が出来ていました。
そのほとんどが、予約をしていない人たち。
「今日は良い天気だから迎賓館でも見に行こうか」という都内在住者が多いのでしょうね。
私もそのひとりです。

列に並んで持ち物検査やペットボトル・水筒のチェックなどを受け、入場券(1,000円)を買うまでに10分ほど要したでしょうか。
ようやく、本館の中に入ることができました。

そこは・・、
案にたがわず・・、
日本にいることを忘れてしまうような世界でした!
家具、シャンデリア、天井、壁、鏡・・、その全てが、圧巻でした!!

廊下や階段の壁は白。
そして、その壁はどこまでも真っ白で、汚れや剥げは一切見当たりませんでした。
撮影は固く禁止されていますので、画像で紹介することが出来ず、残念です。

花鳥の間には、先月来日したトランプ大統領夫妻との晩餐会の写真が、掲示されていました。
なるほど、ここで一席設けられたのか・・と思うと、その場所にいることが、ちょっと不思議に感じました。
個人的には、天井の大絵画と高さ3メートルのシャンデリアが印象的な「羽衣の間」が最も感動的でした。

本館の見学を終え、主庭へ向かいました。
青空と白い本館が、見事なコントラストでした。
噴水越しの写真はネットでも頻繁に見ることができますので、ちょっと斜めから撮影した写真を掲載します。

早朝の撮影時は寒かったものの、徐々に気温が上がり、この写真を撮った頃には麗らかで心地よい陽気になっていましたので、見学者の数もぐんぐん増えているようでした。

なお、迎賓館は、特別開館を行っているのだそうです。
再度、公式サイトをご紹介します。

迎賓館赤坂離宮は、これまでは、来日した各国の賓客を接遇(おもてなし)する施設として、内閣総理大臣や衆参両議院の長など限られた国の機関しか利用できませんでした。 しかしながら、平成28年度より、国有財産を有効活用する観点から、接遇がないときに、下記1の要件を満たす民間企業や民間団体等も下記2の要件の満たす行事を行う場合には、原則として有償により、「特別開館」という仕組みで迎賓館を利用できるようになりました。

即ち、一定の条件を満たせば、一般人でも使用できるのです。

しかし、よくよく確認してみると、「下記1・2の要件」というのが非常に厳格で、私のような下々には全く縁がなさそうです。

ただ、民間の利用を許可した点は、評価したいと思います。
「有償」が果たしていかほどなのかも、興味がありますね。

124 一挙両得

弊社は、社員全員にインフルエンザの予防接種をするよう伝えています。
少ない人数ですから、費用は会社が負担しています。

今年は、ワクチンが不足しているというニュースをよく耳にします。
6月にワクチン製造につかうウイルス株を変更したため、生産が遅れているからだそうです。

先日、大学病院で長くお世話になった先生が開業されたと知り、ご挨拶旁々お電話したところ、運良く在庫があり、私はすぐに接種していただくことができました。

ところで・・、
インフルエンザの時期になると、思い出すことがあります。

30代のころ、小学校からの親友が「おたふく風邪」で入院騒ぎになりました。
仲間とふたりで見舞いにいくと、既に回復に向かっていたものの、一時はかなり深刻な症状だったそうです。

「39度の高熱が出てさ、アソコが3倍くらいに腫れちゃってさ。まいったよ。」

アソコが3倍ってどんなんだよ!と、不謹慎にも友人と大笑いしつつ、大人が罹患すると重症化するのは間違いなさそうなので、その日のうちに母親に確認してみました。

「あ〜、ごめんね〜。ハシカとミズボーソーは間違いなくやったけど、オタフクだけ覚えてないのよ。」

それから10年以上が経ち、セガレが幼稚園に通っていたある冬。
複数の園児がおたふく風邪に罹ったと連絡がありました。
母親から心許ない情報をもらっていたので、まずは予防接種だ、と近くのクリニックへ行きました。

担当してくれたのは40歳前後のハキハキした男性医師。
やや話し好きな医師は、たわいもない話を私に投げかけ、中年男2人の診察室は、和気藹々とした雰囲気でした。
「じゃあ利き手じゃない方の左腕に注射しますね。」
カミさんが事前に予約してくれたので、すべてスムーズに進みました。

「空き箱、持って帰られますか?」

服装を整えていた私に、医師は意外なことを言いました。

アンプルの入っていた箱?
要らないよなあ、普通・・、と思いつつ、

「有難うございます。記念に持って帰ります。」

愛想笑いしながら空き箱を受け取り、診察室から出ようとすると「インフルエンザ」という文字が目に入りました。

「あの〜、先生、ワタシ、おたふく風邪の件で来たのですが・・。」

「あっ・・」

あれ?今「あっ」って言った気がするなあ・・、と思っていると、先生は慌てて部屋の奥へ行き、小走りで戻ってきました。

「あの、山田さんですよね、あの、ごめんなさい、あの、インフルエンザの予防接種をしてしまいました。朝からインフルの患者さんばかりだったので・・、えーと、あります。おたふく風邪は生ワクチンなので、冷蔵庫でちゃんと・・。えーと、ご予約いただいてますからね、お名前もちゃんと・・。」

完全にしどろもどろでした。

「すぐ射ちますから・・、ゴメンなさい・・。」

「いっぺんに2つもですか?大丈夫なんですか?」

「それは大丈夫です。問題ありません。アメリカでは、同時に接種するのが通常ですから。」

いやいや、オレ、バリバリの日本人なんだけどなあ、いやだなあと思う間も無く、右腕に注射針が刺されました。
結局、左腕にインフルエンザ、右腕におたふく風邪と、両腕に予防接種を受ける不測の事態となりました。

最後に、会計窓口での支払いの際、やや年配の女性スタッフがやや控えめの笑顔を浮かべながらこう言いました。

「インフルエンザの方は、サービスさせていただきます(^^)」

得をした、と喜ぶべき出来事なのでしょうか・・。

122 奇々怪々

私は幼い頃、体があまり丈夫ではなく、幼稚園や小学校を一年間休みなく通うことはできませんでした。
それは、「自家中毒」という持病を抱えていたためでした。

腹痛や嘔吐を繰り返すので、症状は「食中毒」と似ていますが、全く関係はありません。
周期性嘔吐症と呼んだり、血液の中にアセトン(ケトン体)が増えるので、アセトン血性嘔吐症と呼んだり、現在では、その病態をさしてケトン血性低血糖症とも言われています。
(出展:https://www.ishamachi.com/?p=35551)

自家中毒の特徴についても、ネットで調べてみました。

①2~10歳くらいの間で見られ、5・6歳が発症のピーク。
②思春期になると治る。
③やせ型で繊細な子供に多く発症する。
④心配性で「失敗したどうしよう」などと先回りして考えてくよくよしてしまう性格の子供や、逆に楽しいことを想像してワクワクが止まらなくなってしまうなど、感情が盛り上がりすぎてしまう子供などにも見受けられる。

見事なまでに、私の子供時代を言い当てています。
因みに④は後者です。
人一倍楽しみにしていた運動会や、夏休みの家族旅行直前になると体調を崩すという、すこぶる残念なタイプの少年でした。

自家中毒を発症すると、母親におんぶされ、かかりつけ医に連れて行かれました。
母にしてみれば、可哀想半分、情けない半分といった心境だったことでしょう。
一方、私は、繰り返す嘔吐で体力が落ちている中、「またかよ」と気持ちも凹んでいたわけで、母の背中に癒され、勇気づけられたのを覚えています。

症状が落ち着いて、徐々に食欲が戻ってくると、母は消化の良い食事を用意してくれました。
決まって登場したのは、リンゴとはんぺんでした。

おでんの具人気ランキングの上位に必ず登場するこの「はんぺん」。
大人になってからは、好んで食べなくなりました。
美味しい美味しくないではなく、私にとっては「体調を崩したとき食べるもの」という印象が定着してしまったのです。
今でも、はんぺんを見ると、狭いアパートの一室で嘔吐していた、切なくて心細い気持ちを思い出します。

思い出すといえば、自家中毒を発症した時だけ会える「おじさん」がいました。
会えると言っても、四畳半の一室の決まった壁に「像」が浮かび上がるのです。
その像が見えるのは、自家中毒で布団に伏しているとき、という限られた条件下だけで、元気なときに現れることは決してありませんでした。
その「おじさん」はいつも同じ表情をしており、恫喝したり恐怖を与えたりすることは決してありませんでしたが、「あの場所におじさんが見える=今オレは病気なんだ」と確認させられる存在でした。

あれは、一体どういう現象だったのでしょうか?

不思議の国のアリス症候群という病気があるそうです。
その症状は、目の前にある物の遠近感覚が狂ってしまったり、時間の感覚がおかしくなってしまったり、壁に顔が浮かんで見えたりするそうです。
う〜ん、ちょっと違うような気がします。

実は、大人になってから、たった一度だけあのおじさんに会ったことがあります。
昼寝をしていたとき、夢に現れたのです。
しかも、体調不良ではなく、元気なときに。
ほろ苦い思いと、ちょっと嬉しい思いが交錯した記憶があります。

今日は私の56回目の誕生日です。
母へ感謝の意を表しつつ、子供の頃の不思議な話をしたためてみました。

120 心満意足

大学1年生、18歳のとき、無免許運転で警察のご厄介になったことがあります。
大学の同級生・マモとバイクに乗っていたら警官に止められ、御用となったのです。
バイクといっても原付ですから、自転車の延長みたいな気分で乗っていたのですが、これも立派な法律違反です。

「君、まだ未成年だから、保証人のハンコが必要なんだよね。大学の先生か誰かに頼める?」

警官にそう言われたものの、まさか先生にそんなお願いができるはずはありません。
東京の自宅を往復すれば3時間以上かかりますし、そもそも親にはナイショで事を済ませたい訳で、とは言え保証人の印鑑を快く押してくれる方がそう容易くいるはずもなく・・。

「オレの下宿の隣の住人に頼んでみようか?」

マモが突拍子もないことを言い出しました。

「若い女の人がひとりで住んでるんだけどさ、いつも昼間はいるんだよ。で、夕方になると出掛けてってさ、朝になると帰ってくるんだ。たまに男と一緒に帰ってきたりしてね。」

「おいおい、マモ。それ、一番頼みにくいタイプじゃん。あとあと厄介になること請け合いだろ・・。」

「そんなことないよ、何度か話したことあるけど、結構いい人だよ。あ!確か、苗字、お前とおんなじ山田だよ。保証人にうってつけじゃん!」

そこかよ・・と思いつつ、他に頼れる人はいませんでしたので、山田さんを訪ねることにしました。
当時のマモの下宿は、相鉄線星川駅から歩いて10分ほどの木造2階建てアパート。
トイレは汲み取り式、風呂なしの1Kで、家賃は15,000円。
そこにひとりで住んでて、毎日朝帰りの女性、山田さん・・。
やたらどんよりしたのを覚えています。

「すみません、隣の部屋の学生です。お願いがあって来ました。」

ドアをノックすると、中から人の気配がしました。
マモの言う通り、真っ昼間ですが在宅のようです。

「突然すみません、コイツ、大学の友達なんすけど、無免許運転で捕まっちゃって・・。この保証人の欄に20歳以上の人の印鑑が必要なんですが、お願いできないでしょうか?」

「まあ、大変ね。どれどれ・・。でも、アタシでいいのかしら・・。あら?山田君っていうの?私も山田。グーゼンね!」

驚くほどあっけなく、保証人の印鑑がいただけました。
マモの隣人は、心温かで、人情に厚く、ちょっぴりガードの甘い大人の女性でした。

それから数ヶ月経ち、運転免許証を取得することになりました。
無免許運転で捕まっている前歴がありますから、何らかのペナルティーが課せられるであろうと覚悟していましたが、何の障害もなく、当時はすんなりと交付されました。

そして、先日、通算何度目になるのか分かりませんが、免許更新を知らせる通知が届きました。
圧着はがきを広げてビックリ。
なんと、ゴールド免許の対象になっていました。
自分史上、初の快挙です。

免許取得以来、スピード違反では一度も検挙されたことがない、というのが私のプチ自慢ですが、ゴールド免許には縁がありませんでした。

前回の更新時は、その1ヶ月前に、路上のパーキングメーターに67分駐車したとして、わずか7分オーバーで駐車違反の切符を切られました。

その悔しい駐車違反を最後に、今日まで無事故無違反を積み重ね、遂にゴールド免許にたどり着きました。
ほぼ毎日運転している中で獲得したゴールドだから価値がある!と、ひとり悦に入っています。

37年を要して、ようやく優良運転手の証を手に入れることができました。
あの後、ほどなくして転居された山田さんに、改めて謝意を表したいと思います。

117 愉快適悦

都内で一番大きな本屋さんはどこだろう・・。

先日、家族とそんな話になり、ネットで検索したところ、池袋のジュンク堂だと知りました。
売場面積は、なんと2,000坪!
私は神保町の三省堂書店が好きなのですが、調べてみるとここは1,000坪。
さすが東京一となると桁外れの広さですね。

池袋といえば高校時代によく遊んだ場所ですが、40年前にジュンク堂は存在しませんでした。
とはいえ、池袋にジュンク堂が出来てこの夏で丸20年、2,000坪に増床したのも2001年のことですから、何を今更という感は否めません。
しかし、他店舗も含め、私はこれまでジュンク堂という書店に一度も足を運んだことがありませんでしたので、セガレを誘って今日行ってみることにしました。

久しぶりに池袋駅に降り立ち、東口から外へ出ると、高校時代が懐かしく思い出されました。

あの路地の奥にある喫茶店が、みんなとの溜まり場だったなあ…。
十条の某高校の学生に絡まれたのは、あの辺りだなあ…。
遅刻常習犯のK君を駅前で待っていたら、自衛隊に入隊しないかとスカウトされたっけなあ…。

少しノスタルジックな思いを抱きつつ、目的地に着くと、まもなく開店の10時になりました。
既に開店を待っていた20人ほどと一緒に店内に入り、セガレはミステリーの文庫本コーナーへ、私はノンフィクションを探しに行きました。

初めて来店した私にとって、広い店内を把握するのは一苦労でしたが、「ノンフィクション」が「社会評論」と表記されていたので、なおさら時間を要しました。
そして、ようやく目的地にたどり着くと、その書籍の多さは驚きを超えて、感動的光景でした。

肩から提げていたバッグを床に置き、棚の上から下まで隈無くチェックしました。
30分以上夢中になっていたでしょうか。
ふと我に返って携帯を見ると、精算を済ませたセガレから、5回も着信がありました・・。

一旦書店を後にし、インド料理店でお腹を満たしてから、再びジュンク堂へ戻りました。
結局、午前と午後、セガレと2人合わせて15冊、17,000円ほど買い込みました。

私が購入したのは・・、
☆絞首刑
☆日本殺人巡礼
☆免田栄獄中ノート
☆闇サイト殺人事件の遺言
☆女性死刑囚 十四人の黒い履歴書
☆罠 埼玉愛犬家殺人事件は日本犯罪史上最大級の大量殺人だった!等々・・。

「父さんの買う本は相変わらず不気味だなあ・・」と、セガレに痛いところを突かれました。
神社の本や語彙力を伸ばす本も買ったんですけどね・・。

大きな書店でお互い好みの本を買い、昼には大好きなサグチキンカレーを食べ、買い物が済んだ後はスターバックスで新商品のフラペチーノを飲み・・。
気温も落ち着いた好天の日曜日、親子で楽しい時間を過ごすことができました。

✳︎開店20周年記念カバーだそうです。

112 義気凛然

宣誓。
私たちは野球を愛しています。私たちは野球に出会い、野球に魅せられ、野球によって様々な経験を重ねてこの場所に立っています。いよいよ今日から夢の舞台へのたった1枚の切符を得るための戦いが始まります。私たちは東東京、西東京の頂点を競うライバル同士ですが、同時に同じ夢を追いかける同志でもあります。青春のすべてをかけて戦うことができる幸せと喜びを、支えてくれるすべての皆様に感謝しながら、野球の素晴らしさが伝わるよう、野球の神様に愛されるように、全力で戦うことをここに誓います。

平成29年7月8日

選手代表 早稲田大学系属早稲田実業学校高等部 硬式野球部主将 清宮幸太郎

この選手宣誓には感動しました。
近年、オリジナリティあふれる選手宣誓が行われていることは知っていましたが、昨日、神宮球場で開催された東・西東京大会開会式でのこの宣誓を新聞やニュースで知り、正に心を打たれました。

朝日新聞によると「愛しています」という言葉を選んだ理由について清宮選手は、
「『好き』より思いが伝わると思いました。また、小林麻央さんが最後に言っていた言葉として印象に残っていたのもある。」
と話したそうです。

清宮選手ひとりで考えた文章ではないのかも知れません(想像に過ぎませんが・・)。
しかし、宣誓の時間は過去の甲子園や都大会の映像を見て、最適な長さを探ったのだそうです。
また、練習では主将として常に声を張り上げるのですが、前日の練習の際には、声を荒らげないように抑え、選手宣誓に備えたと、半分冗談半分真剣に話していたとか。

多くの注目が集まる灼熱のグラウンドで、ひとりマイクの前に立ち、これだけの文章をきちんと暗記し、皆に伝わるように話すことの大変さは、並大抵ではないと思います。

清宮くんという高校生は、野球だけに秀でているのではないな、と感じました。

甲子園への切符は、容易に手に入るものではないと思いますが、怪我のないように、悔いのないように、予選を戦って欲しいと思います。

そして、願わくは、この夏甲子園球場で彼の選手宣誓をもう一度聞きたいものです。

109 前途洋々

ドイツのデュッセルドルフで開催されていた世界卓球が幕を閉じました。
私が、最も印象に残ったのは、弱冠13歳、中学2年生の張本智和くんです。

史上最年少でベスト8に進出し、最後は世界ランク3位の中国選手に負けはしましたが、1ゲームを奪う健闘を見せました。
この試合は、日本時間の早朝4:45から放映されたのですが、我が家は全員でテレビ観戦しました。
私にとっては、いつもより15分だけの早起きでしたので、特別なことでもありませんでしたが・・。

今大会、張本くんの快進撃のきっかけとなったのは、日本のエース・水谷隼選手を破った2回戦ではないでしょうか。
大番狂わせ、下剋上と報じられましたが、破れた水谷選手も『純粋に強かった』と述べていたように、決してまぐれではないでしょう。

しかし、とても残念なことに、この試合は地上波では放映されませんでした。

日本時間の6月1日夜、『さあ、このあとは水谷さんと張本くんの日本人対決だぞ!』と思ったその時、世界卓球から全仏オープンの錦織選手の試合へ、中継が切り替わってしまいました。
二元中継であることは知っていましたが、世界の大舞台での日本人選手の対決を放送しないことに、ひどく失望しました。

ネット上でも、『卓球やれー』『今日はテニスじゃないでしょ』などという声がかなり上がっていましたし、危うく錦織選手がキライになるところでした。

タイムアウトの際に監督の助言をまっすぐに聞く姿勢や、4回戦で対戦したヨーロッパの選手に嫌がらせとも思える仕打ちを受けても自分を乱すことなく正々堂々を戦う姿には、感動を受けました。
東京オリンピックを17歳で迎える張本くんの成長を、陰ながら応援したいと思います。

 

それから、もうひとり中学生の怪物にも触れておきたいと思います。
そもそも非凡な人たちの集団である将棋界にあって、「天才」と呼ばれる藤井聡太四段です。

藤井くんは平成14年生まれの中学3年生で、21世紀生まれ初のプロ棋士なのだそうです。
ご両親は将棋界とは関係がないようで、初めはおばあちゃんに手ほどきを受けたとか…。

彼が現在通学しているのは、名古屋大学教育学部附属中学校。
愛知県内有数の名門校で、辻元清美衆議院議員も同附属高校の卒業生とのこと。
勉学も優れた少年のようです。

一方、相当のおっちょこちょいだそうで、お母さんは「生活能力が低い」とコメントしています。中学に入学してまもなくの頃、大阪の関西将棋会館に1人で泊まりがけで行かせたところ、「服と傘を全部(将棋会館に)忘れて帰ってきた」という逸話の持ち主だとか。
将棋も勉強も私生活も完璧、なんていうより、とても魅力的な少年だと私は思います。

2017年6月6日現在、プロデビューから公式戦20連勝中ですが、記録はどこまで伸びるのでしょう。
将棋界は、対局中にスマホで将棋ソフトを使用した云々騒動がありましたから、藤井くんは正に救世主のような存在かも知れませんね。

張本くんも藤井くんも、それぞれの世界でひときわ輝きを放っています。
正に、前途洋々。
明るい未来へ突き進んで欲しいと思います。

106 耳聡目明

耳聡目明。
目と耳の感覚のどちらもすぐれていることです。
若い頃は、そんな自負がありました。

ところが、40歳を目前にして、まず、近くが見えなくなってきました。
現在は、老眼鏡がないと仕事になりませんし、食事も摂りにくいほど進んでしまいました。

そうこうしているうち、遠くも見づらくなってきました。
ついには、近く用と遠く用、両方のメガネを持つようになりました。

また、30歳代後半頃から、健康診断で左耳の聴力異常を指摘されていました。
とはいえ、自覚症状が全くないため、ずっと放置していました。

しかし、5年ほど前、左耳に違和感を覚え、耳鼻科を受診したところ、難聴と診断されました。
それでも意に介さず、聞き流していたある日、テレビを見ながら良好な耳をふさいでみたら、テレビの音量が半分ほどになってしまいました。

流石にこれはショックでした。

その後、経過観察を続けていましたが、最近、会話の中で「えっ?」と聞き直すことが増えたように思い、改めて検査したところ、補聴器を試してみてはどうか、と医師から勧められました。

「私の聴力は、補聴器を使用するほどのレベルなのでしょうか?」と尋ねると、
「そうですね」と医師にあっさり答えられ、これまたショックを受けました。
「将来のために、一度体験しておけば?」程度の話かと思ったら、そうではありませんでした。

そして、今・・・・、
私の左耳には補聴器が装着されています。
医師の紹介状と検査検査を持参して専門店へ出向き、2週間の約束でレンタルしてきたのです。

難聴の診断が下って以来、補聴器の存在は、どこかで意識していました。
いつか使用する時が来るのだろうと・・。
しかし、こんなにも早く、その時が来るとは思いませんでした。

補聴器を借りた後、スターバックスでお茶して、小一時間散歩をし、電車で帰路に着きました。

スターバックスの店員さんが椅子をズリズリっと動かす音、なんかうるさいなあ・・。
電車のホーム、ちょっと賑やかに感じるなあ・・。
装着感はほとんど感じないなあ・・。

そんなことを感じながら家に戻り、トイレに入りました。
すると、用を足す音の大きさに、ひどく驚きました。
また、水が流れる音も、とても新鮮でした。

明日、出社すると、ほかにも新たな発見があるのでしょう。
オンデマンド機の音に、驚いたりするのかなあ・・。

105 雨過天晴

♪探しものは何ですか?
見つけにくいものですか?カバンの中も机の中も
探したけれどみつからないのに♫

昭和48年にリリースされた、井上陽水さんの「夢の中へ」の歌詞です。
子供心に、独創的でユニークな歌詞だなあと思っていました。

ところで、先日、御朱印帳が1冊、見当たらないことに気付きました。
普段保管している場所は、押し入れというかクローゼットのカラーボックスの一番上。
白い紙を敷いたその上に置いています。
ところが、1冊、どうしても見当たりません。

その1冊は、諏訪大社で購入したお気に入りの黒い御朱印帳です。
その後、二荒山神社や上賀茂神社、下鴨神社などで御朱印をいただき、最後に頂戴したのは、3月20日、静岡県の三嶋大社でした。

忘失に気付いた当初は、そのうちどこかから見つかるだろうと高をくくっていました。
さしずめ「探しものは何ですかぁ〜〜」と鼻歌まじりで探していた感じです。

しかし、何の手がかりもなく一週間が経過し、徐々に焦ってまいりました。

「御朱印帳をなくすなんて、神様に失礼だよね〜。」
「三島からの帰り、新幹線の車内に置いてきちゃったんじゃない?」

凹んでいるところに家族から非難の声を浴び、踏んだり蹴ったりでした。
しかし、片付けに関してはカミさんの方が何倍も上手ですから、反撃の余地はありません。
大切な御朱印帳を新幹線に忘れてくるほどアホじゃないわい!と言いたいところでしたが・・・・。

そこで、昨日夜、クローゼットの大捜索を敢行しました。
手前にある荷物を全て取り出し、定位置をつぶさに眺めてみました。

すると、御朱印帳を置いてあった場所の後方に、3cmほどの隙間を発見しました。
一縷の望みをかけて裏側を覗くと、暗闇の中に、何か物体が見えるではありませんか!

こうして、無事に探し出すことができました。
モヤモヤが一気に失せ、正に晴れ晴れしい気持ちとなりました。

よし、気分も新たに神社巡りだ!と張り切っていたのも束の間、絶好の神社日和の日曜日は、家族サービスであっという間に過ぎていったのでした。

98 堅忍果決

21日、神田明神で、新春の風物詩「寒中禊(みそぎ)がまん会」が行われました。
新成人が冷水を浴び、身を清める行事ですが、一般の方も参加できるようです。

私が到着したのは9時半頃でしたが、すでに多くの人がカメラを持ち、集まっていました。

並んで待っていると、10時の開始直前「参加者が走ってくるので一旦下がって下さい」と。
カメラを構えて、30分以上前から並んでいた人にとっては不満だったでしょう。
中には自分のポジションを守るために、その場から動かない年配の男性もいました。

すると・・・・、
「はいはい、どいて!下がれ下がれ!邪魔、ジャマ!!」
法被が似合うお腹デップリの下町のオジさんは、なかなかの迫力でした。

そうこうするうち、ふんどし姿の男性と、白装束をまとった女性が走ってきました。
そして、2周目、禊の場所に参加者が入ると、下がっていた見物人が一斉に動きました。
元々2列目にいた私は、要領よく最前列を陣取りました。
ま、周囲の平均年齢は明らかに私より上でしたから、当然と言えば当然の結果です(°▽°)

寒中禊を間近で見たのは初めてでしたが、これは真似できませんね。
水を頭から浴びるたび、気合のこもった声を上げる参加者の迫力に押されっぱなしでした。

粉雪が舞った一昨日に比べれば、昨日は幾分気温も上がりましたが、時折強風が吹き荒び、見ているだけでも足先が冷えてきました。
そんな中、もちろん参加者は裸足。
しかも、冷水は一度浴びれば終わりではなく、ローテーションして何度も浴びるのです。

私も少しは見習って、午後から気合いを入れて、残った仕事を片付けたいと思います。

寒中禊02

寒中禊01