月別アーカイブ: 2015年9月

41 海内無双

シルバーウイークの初日、家族で学園祭を見学に行きました。
ここは東京で三本の指に入る、私立の名門男子中学校です。
そして、ここの学園祭は大人も楽しめると評判の、知る人ぞ知る学園祭なのです。

学園祭は、その学校の雰囲気や生徒の特徴を把握する良い機会と言われています。
セガレの受験を来春に控えている我が家も、遅ればせながら見学に行った次第です。

今日の見学にあたり、後押しをしてくれた人が2人います。

ひとりはセガレの通う学習塾の塾長先生。
個人面談で「山田君にお薦めしたい学校の一つです」と聞かされました。
よくよく話を聞くと、塾長本人の母校のようです。
生徒全員に薦めているのではないでしょうか(笑)。

そしてもうひとりは、私の小学校時代の親友・たけちゃんです。
彼も塾長先生同様、この学校のOBです。

私の中でたけちゃんは、「秀才といえばこの人」という存在です。
彼は勉学に秀でているだけではなく、品があります。お育ちが良いのです。
中学・高校・大学にも優秀な友人はいましたが、トータルで彼を凌ぐ者はいませんね。

そして、彼のご子息は神奈川県の有名私立校から、現役で公立の医学部に合格しました。
さらに、お嬢さんは慶應義塾大学に、これまた現役合格を果たしました。
もちろん、奥さんもステキです。料理は上手だし、私の冗談話にも付き合ってくれるし。

まさに雲の上の存在です。
あまりに優秀すぎて、まるでドラマの家族のように感じています。

そして、今日、学園祭を見学した感想は・・・・、

さすがたけちゃんの母校、知的で品のいい生徒さんで溢れていました。

残念だったのは、セガレの体調が今イチで、予定通りに見学できなかったことです。
それでも実際に学校へ足を運んで良かったと思っています。

土曜も日曜も塾に通うセガレですが、本命校がまだ決まっておらず、焦りを感じ始めている反面、たけちゃんの母校が目標校のひとつであることに、どことなく歓喜しています。
少しでも、ほんの一歩でも、セガレがたけちゃんに近づけたらなあ、と思っています。

あ・・、でも・・、
父親の品格がまるで違うか・・・・。
これは難題だ・・・・。

40 槿花一日

8月23日以降、長雨が続いていた東京ですが、久しぶりに晴れの週末になりました。
好天に誘われ、久しぶりにカメラを持って、神社を参拝しました。

訪れたのは、東新宿にある西向天神社です。
その名の由来は、太宰府の方へ向かって社殿を西向きに造っているためと言われています。

ここの境内にはちょっと変わった石碑があります。
それは、歌手・藤圭子さんのデビュー曲「新宿の女」の歌碑です。
作詞を担当した石坂まさを先生が西向天神社の近くに住んでいた縁で、発売キャンペーンの出陣式をここで行ったのだそうです。

「新宿の女」歌碑

「新宿の女」歌碑

「♪ よ〜るがつめたい、しんじゅくの〜おんな〜♪」
ヒットした当時、まだ子供だった私ですが、サビだけなら今も歌えますね。

ちょっと気になったので、「新宿の女」についてネットで調べてみました。

「新宿の女」は1969年9月リリースされた藤圭子さんのデビュー曲で、累計売上は88万枚。
オリコン最高位は9位だったようです。

しかし、この曲が収録されたファーストアルバム「新宿の女/ “演歌の星” 藤圭子のすべて」は、なんと、オリコンアルバムチャート20週連続1位!
1970年3月30日付から1970年8月10日付まで、実に足かけ6ヶ月連続1位です。
20週連続首位記録は、未だに破られていないそうです。

そして驚くことに、21週連続首位を阻んだのは、何と藤圭子さんのセカンドアルバムで、これまた16週連続1位に君臨したとのこと。

この話はまだ終わりません・・・・。
17週目に首位に立ったのは、内山田洋とクールファイブと藤圭子さんとの混成アルバムで、これが5週連続1位になったので、都合、藤圭子さんの首位は41週続いた訳です。

スゴイです、凄すぎますね。
しかも、ドスの利いた声で暗〜い人生を歌っていた藤圭子さんは当時まだ17歳だったとか。
昔の女性は、大人びていますね。

なお、晩年は消息不明だったという報道もあるようです。
ちょっと哀しい最期だったようにも思います。

参拝後、JR新宿駅まで歩きました。
朝10時近くというのに、区役所通りは繁華街らしい淫靡な雰囲気を微かに残していました。
最も目に付いたのは、飲食店勤務を終え、疲労の色を滲ませながらタクシーに乗っていった「新宿の女」でしたね(笑)。

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