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129 狷介不屈

今朝、上野公園に行きました。

最初の目的地は、スターバックスコーヒー・上野恩賜公園店。
店内の大きな窓から、自然豊かな園内が眺められ、とても居心地の良い空間です。
8時の開店と同時に入店し、朝食を食べ、読書をし、1時間ほど過ごしました。

また、このスタバの西側には、上野動物園の表門があります。
9時半の開園まであと1時間半以上あるというのに、こんなに列ができていました。

お目当ては、もちろんシャンシャンでしょう。
テレビ局のアナウンサーかレポーターと思しき女性もいましたし、その人気は相変わらずのようです。

いつからか、ポストもこんな装いになっていたんですね。

さて、私の主たる目的は国立科学博物館での「南方熊楠」に関する企画展の見学です。

み・な・か・た・く・ま・ぐ・す。

スゴイ名前ですね。

正直に申し上げますと、ワタクシ、その存在を知りませんでした・・。
先日、カミさんとセガレが見学してきたと聞き、私も行こうと決めた次第です。

余談ですが、私立中学に通う生徒は、2月1日頃、入試のため学校が休みになります。
我が家の場合、2月1日から3日まで、部活も含めて休校となりました。
その休暇を利用して、親子で博物館に行ったという訳です。

さて、展示を見終えて、南方という人物にとても興味を覚えました。

  • 小学生の頃、全105冊の百科事典「和漢三才図会」を知人の家で閲覧し、それを暗記して自宅で写しを作ったと言われている。
  • 明治17年、東京帝国大学予備門(現在の東京大学教養学部)に入学。夏目漱石や正岡子規は同級生だった。
  • 学会に入ること、学位を受けることを非常に嫌い、生涯、在野の学者として、研究に勤しんだ。
  • 多数の菌類を集め、数千枚にも及ぶ「菌類図譜」を作成した。そこには、整理番号、名前、採集地、採集年月日、生育地に環境を記し、水彩画を描き、標本を貼り付け、生物学的性状については英語で記載した。
  • これらの図譜には、非常に多くの新種が含まれていたにも関わらず、論文として発表しなかった。即ち「どうだこんなに集めてスゴイだろう」と無邪気に自慢する面があった。
  • 激しい癇癪持ちで周囲を困らせたが、学問に打ち込んでいると落ち着いていられたので狂人にならずにすんだと自ら記している。
  • 大学の講演会で、酔っ払って壇上に上がり、百面相をして立ち去ったとか??
  • キューバに渡った際、サーカス団に入り、キューバ革命にも参戦したとか??
  • 異常なまでの多汗症で、一年中裸で過ごしていたとか??
  • 自在に反吐(へど)を吐くことができ、気に喰わぬ者を追い帰したとか??

いやいや、紙一重ですね(笑)。

自筆の書簡や日記は、一見の価値ありだと思います。
3月4日まで開催されていますので、足を運んでみてはいかがでしょうか。

最近、文化や芸術に触れることを意識しています。
美術館や博物館のほか、映画、落語、歌舞伎、芝居など、ジャンルは多種多様が良いと思います。

先日観た映画「ギフテッド」も良かったなあ・・。
さあ、心豊かな中年をめざして頑張るか。
急がないと老年になっちゃうし・・。

121 意気消沈

神社を巡っていると、美味しい和菓子をよく見かけます。
美味しいのはもちろんのこと、どれも歴史と伝統あるお菓子です。
有名なものばかりですが、いくつかご紹介したいと思います。

①福太郎本舗「福太郎餅」(三嶋大社)
この盛り上がったあんこの形状から、「リーゼント餅」とも呼ばれています。
「烏帽子」をイメージしているそうですが、見かけは黒髪のリーゼントです。
境内の福太郎茶屋で食べられる温かいお茶と福太郎餅2つのセットは、税込み200円。
値段も手頃で、オススメです。
お土産用は12個入りで950円、賞味期限は4日です。
私は12個入りを3つ購入しましたが、お餅なので結構重たかったですね・・。

②粟餅所澤屋「粟餅」(北野天満宮)
創業は室町時代の1682年。
炊きたての粟を店内の臼でついた餅に、餡ときな粉をまぶしただけの素朴な和菓子です。
作り置きはしないので、注文のたびに、職人さんが慣れた手つきで作ってくれます。
形状は、餡の餅は丸く、きな粉の餅は細長くなっています。
これは、きな粉はつけてもこぼれてしまうので、極力たくさんつくよう表面積を広くしたそう。
そのご主人の気持ちをあらわすかのように、きな粉餅には餅の形が埋もれるくらい、たっぷりのきな粉がまぶしてあります。
当て紙もクラシックでとても味がありますが、残念ながら写真がありません。

③やわた走井餅老舗「走井餅」(石清水八幡宮)
三大八幡様のひとつ、石清水八幡宮の門前名物は「はしりいもち」です。
独特なこの形は刀を模しているそうで、やわらかいお餅の中には、北海道産小豆を用いたこし餡がぎっしり入っています。
写真は煎茶セットで350円。
お土産用は、10個入り1200円、20個入り2,300円など。
きな粉、抹茶、いちごの3種類の味が楽しめる「八幡野」というチョコあられも、おしゃれで美味しいです。

④かさの家「梅ヶ枝餅」(太宰府天満宮)
その由来は、太宰府に左遷された道真公が、日々の食事にも困窮しているのを見かねた近くの老婆が、粟餅を梅の枝に刺して格子の間から差し上げた、というものです。
実は、私はまだ太宰府天満宮に行ったことがないのですが、カミさんが福岡に行った際、お土産にリクエストしました。
元々、大のあんこ好きな私も、さほどでないセガレも、大好きになりました。

冷凍をチンして食べても十分美味しいのですが、やはり、焼きたての「外はパリパリ、中はしっとり」をいつか味わいたいと思っていました。
すると、横浜そごうで九州物産展が開催されていて、かさの家も出店し、実演販売していることをネットで知りました。

「明日は、ベイクォーターのアイランドヴィンテージコーヒーでアサイーボウルを食べてから、そごうで焼きたての梅ヶ枝餅を食べに行くぞぉ!」

意気揚々と家族を誘い、好天の体育の日、食欲優先の計画を実行しました。

アサイーボウルの人気ナンバーワンとも言われるアイランドヴィンテージコーヒーでお昼を食べてから、そごうへ向かいました。
会場となっている8階の催事場に着くと、ワールドウォッチフェアという看板が目に入りました。

「ここじゃないな…。」
「ん?どこだ、九州は?」

「父さん、九州物産展はあさってからだよ( -_-)」

家族の視線が痛い、連休最終日となりました。

118 機略縦横

私の義母はとても信心深い人で、毎年決まって参拝する寺社が複数あります。
その一つが寒川神社で、もう20年も前から毎年訪れているようです。
寒川さんですから、目的は他でも無い、八方除け祈願です。

そして、義母は自分だけでなく、私個人と会社の分も御祈願してきてくれますので、有難いことに、我が家には毎年寒川神社のお札があります。
かねてより人任せではなく自ら出向かなければと思いつつ、これまで機会を逸していましたが、遅まきながら、この度カミさんと参拝してまいりました。

寒川神社三之鳥居

最寄り駅のJR相模線宮山駅から、長閑な風景の中を歩くこと6〜7分。
左側に立派な鳥居が見えてきたので、てっきり一之鳥居かと思ったら、神池橋の奥にあるこの鳥居は三之鳥居だそうで、一之鳥居は、境内の南、およそ1kmの地点にあるとか・・。
流石は延喜式にも載る東国有数の古社だけあって、敷地は広大です。
一礼して、この三之鳥居から神域へ入り、手順に則ってひと通り参拝を済ませました。

もちろん、御朱印もいただきました。
併せて御朱印帳も購入しようと思ったところ、社務所ではなく売店で扱っていると知り、行ってみると、その種類の多さに驚きました。
そして、かなり迷った末に、表紙が杉の木製の御朱印帳(写真一番手前)と、紫色の御朱印帳袋を購入しました。

寒川神社売店(許可を得て撮影しています)

参拝をしていると、隅々まで清掃され、とても手入れが行き届いた神社であることに気付きます。
そこが歴史ある相模國一之宮の品格なのでしょう。
天気に恵まれたこともあって、清々しく厳かな境内は、穏やかで心地よい時間を与えてくれました。

ただ、ご本殿の奥にある神獄山神苑を見ることはできませんでした。
というのも、ここに入苑できるのは、各種御祈願・大祓祈願申込をされた方だけ。
「難波の小池」を中心としたこの神苑は、池泉回遊式の日本庭園が広がり、茶屋や資料館が併設されているとか・・。

歩くのが徐々にしんどくなってきている義母を連れて、来年は車で来ようかと思っています。
そして、私も八方除御祈願をし、神苑を拝見したいと思っています。

ところで・・。
方位によって生じる災いを取り除く方除け(ほうよけ)は、多くの神社で行っていますが、あらゆる災いを取り除く「八方除け」となると、その守護神は全国広しと言えど、ここ寒川神社だけです。
八方除の御祈願については、公式サイトに掲載されています。
(引用:http://samukawajinjya.jp/kigan/ki01.html)

地相・家相・方位・日柄等から起こるあらゆる災いを除く御祈願が八方除です。
例えば、人の住居というものは、古くから南向きの陽当たりの良い場所に建てられるなど、先人の知恵によって快適な営みの方法が試みられました。しかし、現代社会では、経済的にも、家相学上あるいは地理的条件の上からも必ずしも種々の条件にかなった建築は容易でありません。まして既設の住宅、また移転上の地相家相などにいちいちこだわっていられないのが現実です。
こうした事情から方位などによる祟り、障りなどを避けられないことがあります。また月によるもの、日によるものがあると考えられ、これら普請造作、移転、旅行などによって知らず知らずに、また知りながらも方位を犯しつつ日常生活の中で事に当らねばならぬことが多くあります。
こうした折に、寒川大明神の、広大無辺にあらたかなる八方除の御神徳を頂いて、一切の災厄を祓い除きいただき、皆様が明朗快活な日々を送り、家内安全、福徳円満、商売繁盛を招かれますよう御祈願するのが、八方除の御祈願です。

なるほど、シンプルでわかりやすい説明です。
「広大無辺にあらたかなる御神徳」という表現が、琴線に触れますね。
大難は小難、小難は無難に過ごすために、来たる年は、自ら八方除の御祈願を受けたい思いが、さらに強まりました。

また、同サイトには、数の神秘「八」というタイトルのページもあります。
これもなかなか興味深い内容でした。
(引用:http://samukawajinjya.jp/houi/houi07.html)

「八」は日本人が好む数字であり、最高位を占める数です。
八を「末広がり」といって喜ぶのは、裾が開いた形からくるイメージです。八を数字「8」で表し、8を横にすると∞となり、西洋では宇宙にすえひろがりに広がる、無限という意味にもなります。
八という数字は、中国では古くより非常に重大な意味をもっていました。紀元前十世紀ごろまとめられた易経における八卦に関係していて、宇宙のすべては、陰と陽を八卦で組み合わせることによって生まれるとされています。
わが国最初の書物「古事記」、また「日本書紀」には、八へのこだわりが多く見られます。大八島、八尋殿、八咫烏、八十建,八衢、八重雲・・・、三種の神器は、八咫鏡・八十握剣、八坂瓊勾玉と、鏡、剣、玉にみな八の形容詞を冠らせています。八は多大の意の日本における聖数であり、呪力のある数といえるのです。
“八方除”という言葉は、八方位を基本として吉凶を判断することから八という数字が用いられています。
しかしそれだけではなく、八方除のご祈願が私たちを目に見えない力でお守りくださるという神秘的で崇高なものであるという意味も込められていると考えることができるでしょう。

これを読んだとき、昭和52年の弊社創立の際、父が会社の電話番号について話していたのを思い出しました。

「電話番号の下4桁を、8088か7077で迷ったが、末広がりの8を選んだ。」

末広がり?
ナニソレ?
選ぶならラッキーセブンでしょ、普通。

当時15歳の私は、そう感じました。
しかし・・、日本人にとって「8」は聖なる数字なのですね。
父の判断は、正しかったようです。

その後、東京03局内の番号が8桁になり、弊社は中央区から江東区へ移転し、現在、弊社の電話番号には「8」が5つ含まれています。

多ければいいというものではありませんが、寒川大明神のご加護に与りながら、頭動けば尾も動くの如く、日々仕事に励んでいきたいと思います。

115 冷汗三斗

私は、大学受験に際して、経営学部や商学部といった学部を選びました。
卒業後は家業を継くであろう、という至って漠然とした思いがあったからです。

いざ大学に入学すると、親しい友人が5人できました。
すると、偶然にもその中の3人が社長のセガレ、しかも「2代目」という立場でした。
身近な友人からの影響に加え、優良可の「可」が頻出する成績表を見るにつけ、徐々に家業を継ぐ道筋が鮮明になってきました。

そして、運転免許取得後、父の会社で配達などのアルバイトを始めると、ひとつの想いが頭をもたげてきました。

「零細企業は、長い休みをとることは不可能だ・・。」

若いときにしかできないことを、今、しておかないと、将来後悔するなと感じ、海外へ目を向けようと思いました。
そして、3年生の夏「ロサンゼルスホームステイとハワイの旅27日間」なるありがちなツアーに参加しました。
ひとりで海外へ・・と一念発起したわりには、大学生協(売店)の片隅に置かれていたツアーパンフから選ぶという、極めて安直というかお手軽なチョイスでした。

そのツアーの参加者は、早稲田、中央、青学、京大、同志社など全国から集まった男子12名、女子21名、合計33名の大学生たちでした。
英語が堪能な者は皆無でしたし、20歳そこそこの若者集団でしたから、なかなかの珍道中でした。

現地で困ったことのひとつは、レストランのメニューでした。
英語で書かれたメニューは、ChickenやBeef, Rootbeerなど、断片的にしか理解できません。
従って、注文は「Hotdog & Coke」「Hamburger & 7up」など、定番モノに偏ってしまいました。

ある週末、オプションのツアーでラスベガスへ行ったときのことです。
ホテルのレストランで、ひとつ年下の早大生・Naokiが聞き慣れないメニューをオーダーしました。
「オレ、フレンチディップにしました。」
「なにそれ?途轍もないものが出てきたらどうする??」
「まあ、いいっす。ハンバーガーもちょっと飽きてきたんで。」

しばらくすると、Naokiのテーブルに、スープが運ばれてきました。
味見をしたNaokiが、
「Masamiさん、これ、スープっすかね?ちょっと飲んでみます?」
「どれどれ・・・・。ああ、コンソメスープだね。先に飲んじゃった方がいいね。」
「そうっすよね。」
「ちょっと濃いめだけどね。」
「アメリカンは薄いばっかりじゃないんだぞって、日本に帰ったら友達に説明してやりますか!」

ガハハと笑って、Naokiはスープを飲み干し、浅はかな若者たちは、楽しく食事を済ませました。
因みに、フレンチディップとは、フランスパンにローストビーフが挟まれたサンドイッチでした。

会計をして店から出ると、Naokiが浮かない顔をしていました。

「Masamiさん、さっき入口近くで現地のオジサンが、オレと同じもん食べてたんすよ。それがね、スープにサンドイッチを浸して食べてるんです。そういうもんなんすかね・・・・。」
「歯が悪いんじゃないのか?日本にもいるじゃん。コーヒーにパン付けて食べる老人。」
「でも、あのサンドイッチ、堅いフランスパンだったじゃないですか。だから、スープに・・・・。」
「けど、あれはスープだったじゃないか、コンソメスープだっただろ?」
「濃かったじゃないですか、あれ、飲むんじゃなくて、浸すためのスープなんですよ!」
「まあいいじゃないか、先に飲んじゃったって特別変じゃないだろ。」
「変ですよ!天ぷら屋に入った外国人が、いきなり天つゆを飲んじゃったのと同じなんですよ!」

この出来事は「天つゆ事件」と呼ばれ、このツアーの伝説になりました。

さて、このフレンチディップ、私は、後にも先にもあの時にしかお目に掛かっていません。
ネットで検索してみると・・・・、

LA名物、ローストビーフやパストラミなどのサンドイッチを牛肉スープに浸して食べる「フレンチディップ・サンドイッチ」。フレンチとは言えフランスとは無関係。20世紀初頭、最初に食べた人の名がフレンチだったとも、フレンチロール(ソフトタイプのフランスパン)を使うからとも言われている。発祥も諸説あり。有名な一つが、調理場でうっかり肉汁に落ちたサンドイッチを客が食べ「こりゃ旨い」と評判になったというもの。どこかその味わいに通じる、大らかな都市伝説だ。(山崎製パン株式会社サイトより改変)

やはり、アレは飲んじゃいけないんですね(笑)。

ロサンゼルスに向かう機上の人となったのは、昭和57年8月20日。
あれから35年の時が流れました。

113 馬歯徒増

過日、私の本棚に並ぶ本について書きました。
死刑や犯罪、重大事件に関する本が多いのは事実ですが、最近は神社に関する本も読んでいます。

中でも、先日読み終えた「なぜ日本人は神社にもお寺にも行くのか(島田裕巳著・双葉社発行)」は、とても有益で楽しい本でした。

その第五章で、ヘルマン・オームスというアメリカの日本学者が作成した図が紹介されていました。

「日本人の死生観図式」と題されたこの図は、ひとりの人生が円で表現されていて、上半分は「成長過程」、下半分は「祖霊化過程」と呼ばれています。
要するに、上半分は生まれてから死ぬまでの過程で、その間、日本人にはどういった「通過儀礼」があるのかが示されています。

通過儀礼とは、人生において大きな変化が起こるときに行われる儀式のことで、成人式・結婚式・葬式の3つが最も重要とされています。
もちろんそれ以外にも様々な機会が用意されていますが、特に、生まれてすぐと死んで間もない段階に集中しています。

生まれて7日目、命名をする「お七夜」をはじめ、初参り・お食い初め・七五三など、成長過程の通過儀礼では神社に行くことが多く、お寺が関わってくることはほとんどありません。

それが、死んだ後の祖霊化過程になると、一転してお寺と関わることになります。
葬式は仏式が大半ですし、その後の初七日・四十九日・百か日・一周忌以降の年忌法要は、お寺が司ることになります。

このように、神社とお寺の間で、役割分担が明確になっていることが、この図の重要な点です。
多くの日本人は、神社とお寺の役割分担に従って、通過儀礼を果たしていきます。
それによって、神社とお寺は「棲み分け」を果たすことで共存していると言えます。
共存しているということは、私たちにとって神社だけでは不十分ですし、お寺だけでもダメであり、これこそが、日本人の宗教生活の基本であるということになります。

年末年始の日本人の行動は、よく議論の対象になっています。
キリストの生誕を祝うクリスマスにはケーキを食べ、大晦日にはお寺の除夜の鐘を聞き、元日には神社に初詣に行くからです。

世界的には不思議とされるこれらの行動に違和感を感じないのは、キリスト教の神様ですら八百万の神々の中のひとつと考えて受け容れる、日本人の宗教的感覚に対する寛容さによるものでしょう。

神社とお寺について書かれたこの本は、多方面で勉強になりました。
そして、最後のページには、以下の文言がありました。

若い頃は刺激的なイベントにこころを奪われていた人でも、年を重ねるにつれて、こころを癒やしてくれるものにひかれていきます。そのときに、神社やお寺は、急に興味深いものに思えてきます。

私が神社に興味を抱いたのは、52~53歳の頃。
なるほど・・、典型的な中年なのか・・。

108 塞翁之馬

先日ネットでこんなニュースを見ました。

日本郵便は19日、6月1日の料金値上げに合わせて今月15日発売した新しい往復はがき1,400万枚に、印刷ミスがあったと発表した。本来は表裏両面の上部に入る「郵便往復はがき」の文言で「往復」が抜けていた。利用に支障はなく、販売は続ける。6月2日以降、在庫がなくなった郵便局から正しく印刷したはがきに切り替える。

印刷会社が内容を微調整した時に、通常のはがきのデータを流用したのが原因。刷り直しの費用は印刷会社が負担する。はがきの印刷ミスは民営化後初めてで、「これだけの規模は過去にも例が無いのでは」(広報)という。
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170519-00000059-asahi-soci

思わず「あちゃー」と声が出てしまいました。
去年のデータを利用したら日付を直し損ねた、といった類いの、実にありがちなミスですね。
事態が発覚したのは、販売開始後の郵便局員による指摘だったそうで、ここが世間の非難を浴びている一因のようです。

ミスについて、若い頃、先輩に教わったことがあります。

分厚いページものを作っていて、本文は穴が開くほどチェックした、目次も大丈夫、紙も間違ってない、物流も確認済み、でも、出来てみたら、表紙の一番大きな文字が間違っていた…。
ミスが起こる時は、得てしてそんなものだ、と。

刷り直し費用を印刷会社が負担する、という点も気になりました。
誤った製品は使用可能であるにも関わらず、業者負担で刷り直しとは、なんとなく腑に落ちないですね。
契約上の理由でもあるのでしょうか。

この際、普通のはがきも往復はがきも、「郵便はがき」と印刷してはダメなのでしょうか。
こう言っては何ですが、利用者にとっては、全く気にならないはずです。
そうすればリスク回避になりますし、怪我の功名のような結末は、担当業者にとって少しは希望になるのではないか思います。

最後に、上記に関してひとつウンチクを。
はがきとして郵送するためには、「郵便はがき(またはPostcard)」と印刷されていなければなりません。
この印刷がない場合は、手紙(第一種郵便物)と扱われますので、はがきの体裁をしていても、82円切手を貼る必要があります。
念のため。

103 鼓腹撃壌

先日ラジオで紹介されていた話です。

小学校3年生のお嬢さんが「籠(かご)」という漢字をさらさら書いたのだそうです。
びっくりしたお母さんが、
「どうしてこんな難しい字を覚えたの?」
と聞くと、娘さんの答えは・・、
「新聞に毎日大きな字で書いてあるからね。」

ふむ、森友学園の籠池理事長のことですね。

衆参両院の予算委員会の証人喚問での様子は、 NHKで生中継されていました。
その前日、侍ジャパンがWBC準決勝で敗れたこともあって、高い視聴率だったようです。

そもそも、鑑定価格9億5600万円の国有地を、1億3400万円という安値で購入した経緯が問われていたはずでしたが、いつの間にか、安倍首相夫人からの寄付金・100万円の存在が大きくクローズアップされています。
8億円より100万円に注目が集まっているところが、なんだか不思議な感じがします。

一方、東京都議会では、豊洲市場(東京都江東区)への移転問題を検証する百条委員会で、移転決定当時の最高責任者だった石原慎太郎元知事に対する証人喚問が先日行われました。
侍の心境だと述べていた石原氏でしたが、「記憶にない」を繰り返す答弁は残念でした。

どちらの問題も、犯人捜しに終始している気がしますが、多額な税金を扱う組織や体制の見直しや、職員の意識改革が肝心なのではないかと思います。

舛添前東京都知事による公私混同問題の際も、連日のように指弾して、辞職に追い込んだものの、結局、2,000万円以上ともいわれる退職金は支給され、刑事責任の追及も行われていないようです。

子供たちには、政治家って何してんだろ?と映っているのではないでしょうかね・・。

ところで、森友学園の小学校の設置認可手続きを巡って、大阪府議会は自民党が提出した調査特別委員会(百条委員会)の設置動議を大阪維新の会と公明党の反対多数で否決した、との報道を目にしました。

石原氏の証人喚問が行われたのも「百条委員会」。
私には耳慣れない言葉でしたので、ちょっと調べてみました。

自治体の事務に関して疑惑や不祥事があった際、事実関係を調査するため、
地方自治法100条に基づいて地方議会が設置する特別委員会。
関係者の出頭や証言、記録提出を求めることができるなど強い調査権限を持つ。
虚偽の証言をした場合は5年以下の禁錮刑、
正当な理由がないのに証言を拒否した場合などは6カ月以下の禁錮刑や
10万円以下の罰金を科すことができる。

                     (朝日新聞デジタルより引用)

なるほど、地方自治法100条に基づいているからゆえのネーミングだったんですね。
疑惑や不祥事の解明のために設置される特別な委員会である訳ですから、この委員会を立ち上げようとする動きがあること自体、健全な状況にないと言えます。

鼓腹撃壌(こふくげきじょう)。
満腹で腹つづみをうち、足で地面をたたいて拍子をとる意から、太平の世の形容。
善政が行われ、人々が平和な生活を喜び楽しむさま。

幸せな生活に良い政治が欠かせないことは、古人の言葉を引いても明らかですね。

102 春風駘蕩

連休最終日、午後からカミさん方の墓参を予定していました。
が、その前に、早起きしてユミに会いに行くことにしました。

ユミと私の関係は「大学時代の同級生の元・嫁さん」とやや複雑です。
今、彼女は、静岡県三島市のお寺で眠っています。

7時前の新幹線に乗り、到着したのは8時過ぎ。
お寺は、春風がのどかに吹いて、正に春風駘蕩たる穏やかな朝でした。

聡明で努力家だったユミは、多様な資格を数多く持っていました。
「オレは運転免許しか持っていない」と言うと「ダメじゃん」と笑われたことがあります。
私が、50歳以降、一念発起、漢検二級や神社検定三級を受験したのは、ユミの影響とも言えます。

まあ、わずか2つくらいでは、ユミの足元にも及びません。
草葉の陰から誉めてもらえるよう、もっともっと努力しなければなりません。

墓参後、近くの三嶋大社を参拝しました。
三嶋大社は、伊豆国一宮と称され、延喜式内名神大社で旧官幣大社です。
「社格」は聞き慣れないと思いますが、要するに「歴史ある由緒正しき神社」な訳です。

ここは天然記念物の金木犀が有名です。
公式サイトには、
「樹齢は1200年を越えると推定される巨木で、現在もっとも古く、かつ大きなモクセイ」
と紹介されています。

一方、桜の名所としても知られています。
境内には、15種・200本の桜があるそうです。
残念ながら、この日はまだつぼみでしたが、境内が桜の花で彩られる日は近そうです。

突然ですが「桜開花の600度の法則」をご存じでしょうか。
「2月1日以降の毎日の最高気温を足し上げ、その累計値が600度を超えた日に桜が開花する」
というものです。

私は今年知りました。
結構当たる法則なんだそうです。

東京の最高気温を足し算してみると、私の計算では今日で591度(くらい・・)です。
明日開花宣言、ということになるのでしょうか。

99 桑原桑原

セガレの中学受験に際して、全国の天満宮を巡りましたが、菅原道真公と天満宮について、少し書き留めたいと思います。
(外山晴彦氏監修、成美堂出版発行「神社辞典」改変)

幼少より文武両面に才能を発揮した道真は、899年、右大臣にまで昇り詰めました。
しかし、宇多天皇を追い落とそうとする藤原時平と醍醐天皇の陰謀に巻き込まれた道真は、左遷された太宰府で、無実を訴えたまま生涯を終えます。

道真が亡くなった頃、京都では時平の早死にや御所への落雷など不吉な事件が相次ぎます。
更に疫病の流行や天候不順から来る飢饉など、様々な災害にも見舞われます。
これを無実の罪で道真を太宰府に左遷した天罰ではないかという声が出てきました。

結局、醍醐天皇の勅命が下され、919年、道真の墓所に創建された安楽寺が後の太宰府天満宮の始まりです。

太宰府天満宮は当初、無実の罪で左遷された道真の生前の功績を讃え、菩提を弔うためでしたが、年月が経つにつれ、藤原氏の陰謀による左遷という事実は忘れられがちになり、道真は才能溢れる学者にして政治家として記憶されるようになっていきました。
このため、太宰府天満宮の性格も、道真の御霊を鎮める神社としての性格は薄れ、道真の才能にあやかろうとする参拝者が多くなり、太宰府天満宮は学問の神様・菅原道真を祀る神社として崇敬されるようになっていきました。

一方、道真の死後、京都を襲った異変について、もっと詳しく記したいと思います。
(Wikipedia「菅原道真」改変)

菅原道真の死後、京には異変が相次ぐ。
まず、道真の政敵・藤原時平が延喜寿9年(909年)に39歳の若さで病死すると、続いて延喜13年(913年)には道真失脚の首謀者の一人とされる右大臣・源光が狩りの最中に泥沼に沈んで溺死し、更に醍醐天皇の皇子で東宮の保明親王(時平の甥)が延喜23年(923年)に病死、次いでその息子で皇太孫となった慶頼王(時平の外孫)が延長3年(925年)に相次いで病死。
さらには延長8年(930年)、朝議中の清涼殿が落雷を受け、昌泰の変に関与したとされる大納言・藤原清貴をはじめ朝廷要人に多くの死傷者が出た(清涼殿落雷事件)うえに、それを目撃した醍醐天皇も体調を崩し、3ヶ月後に崩御した。

恐るべし、道真公の怨念(笑)。
よくもこんなに悲惨な事件が頻発したものです。

ところで、道真公が怨霊となって、京の都中に雷を落とした折り、菅原家所領の地・桑原には何故か一度も落雷がなかったと伝えられています。
落雷よけの呪文「くわばらくわばら」は、この故事に由来しているのだそうです(諸説あり)。

菅原道真公は承和12年6月25日の生まれで、延喜3年2月25日に亡くなっています。
また、太宰府に左遷されたのが、昌泰4年1月25日とも言われています。
これらにちなんで、毎月25日を「天神さんの日」とし、全国の天満宮で縁日が行われています。
そして、1月25日、その年初めての縁日を「初天神」と呼びます。

そんな訳で、今日のブログは、落語の「初天神」で締めたいと思います。
(Wikipedia「初天神」)

良く晴れた1月25日、男が天満宮に参拝に出掛けようとした。すると、女房が息子も連れて行ってくれと頼む。男は、息子が物を買ってくれとうるさくせがむのが分かっており、乗り気ではなかった。しかし、折悪しく、外から息子が帰ってくる。
男は、どうしても付いて行きたいと懇願する息子をつっぱねる。
すると、ヘソを曲げた息子は、隣の親父の家へ出かけて行く。

『面白い話聞きたくな~い?あのね、昨日の夜の、うちのおとっつぁんとおっかさんの、おはなし』
男は、そんなことを外で話されてはたまらないと、大慌てで息子を連れ戻し、しぶしぶ初天神に連れて行くのだった。

天満宮への道を歩きながら、父は息子に買い物をねだるなと念を押す。
しかし、息子は
「ね、おとっつぁん、今日はおいらあれ買ってくれーこれ買ってくれーっておねだりしないでいい子でしょ」
「ああ、いい子だよ」
「ねっ。いい子でしょ。ごほうびに何か買っておくれよ!」
これでは、いつもと同じである。
息子がさまざまな果物を買えと催促するが、父は「体に毒だから」と無理な理屈で拒否する。
しかし、息子が余りにうるさいので口塞ぎのために、やむを得ず飴玉を買うことにした。
店先で売り物の飴を散々ねぶり回して吟味する父に、飴屋の親父もあきれ顔。
飴を買ってもらって御機嫌の息子は、飴を舐めながら歌を歌う。

二人は天満宮の参拝を終えた。息子は、凧を買ってくれるよう催促する。
「あの1番大きいのがいい」
「馬鹿だな、ありゃあ店の看板だい」
「売り物ですよ。坊ちゃん、買ってくんなきゃあすこの水溜りに飛び込んで着物汚しちまうってお言いなさい」
「変な入れ知恵すんねえ!」
父は、しぶしぶ凧を買い、天満宮の隣にある空き地に息子を連れて行く。

男は、凧揚げは子供時代に腕に覚えがあったことを息子に自慢し、まず自分がと凧を揚げる。
そのうち、男は、すっかり夢中になってしまい、息子が「凧を揚げさせてくれ」と脇から催促するのに対して、「うるせえっ!こんなもなァ、子供がするもんじゃねえんだい!」
と一喝して凧を渡そうとしない。
息子は、無邪気に遊ぶ父の姿を見て、
「こんなことなら、親父なんか連れてくるんじゃなかった」とぼやくのだった。

お後がよろしいようで。

88 一粒万倍

一粒万倍。
一粒の種でも、蒔けば万倍の一万粒にも増える。
だから、少しのものでも粗末にはできない、という意味です。

Wikipediaによると、一粒万倍日(いちりゅうまんばいび)は何事を始めるにも良い日とされ、特に仕事始め、開店、種まき、お金を出すことに吉とのこと。
但し、借金をしたり人から物を借りたりすることは、苦労の種が万倍になるので凶とされる、のだそうです。

大安・仏滅を意識することはあっても、一粒万倍日は忘れられがちですね。
因みに、一粒万倍日は「選日」の1つです。
選日(せんじつ)とは何かを調べると・・・・、

暦のひとつで「撰日」、または「雑注」ともいう。
暦の種類は「六曜」「七曜」「十二直」「二十八宿」「九星」「暦注下段」など様々だが、これら暦の「暦注(=暦の注釈で、その日や時間、方位など決められた吉凶のこと)」に含まれなかったすべての日のこと。
選日の多くは、その日の「十干十二支」の組み合わせから、吉凶が判断されている。
(http://happism.cyzowoman.com/jiten/koyomi/post-277.html)

何が何だかさっぱりわかりませんね・・。
そして、選日には、一般に以下のものがあります。

  • 八専:気が乱れ、物事がうまくいかない。神事や弔事は行えない。
  • 三伏:種まき、療養、遠行、男女の和合など、全て慎むべき日。
  • 犯土:穴掘り、井戸掘り、種まき、土木工事、伐採など土いじりは一切慎むべき日。
  • 三隣亡:家を建てたり、大工のように高いところへ昇ったりすると不運が訪れるとされる日。
  • 天赦日:結婚、慶事などに最適な、大幸運日。
  • 十方暮:何事もうまくいかない厄日。
  • 天一天上:家さえキレイにしておけば、どこへ出かけても幸福な出来事に出会える日。
  • 不成就日:何かを始めても結果的にうまくいかない、願いが成就しないとされる日。

益々わからなくなってきました・・。
あまつさえ、さんりんぼう(三隣亡)以外は読むことすらできません。

一粒万倍日を最も身近で感じることができるのは、宝くじ売り場ではないでしょうか。
「本日、一粒万倍日」という幟を見たことがありませんか?
まあ、細かい理屈はこの際抜きにして、この幟が立っていたら、宝くじやロト6を買おう!というくらいの認識で良しとしましょうかね。

ここで・・・・、
この投稿を締めるつもりだったのですが、今日が「一粒万倍日&大安」 のW幸運日と知りました。しかも、年末ジャンボの発売期間中、W幸運日は今日だけ。

これは神のお告げなのではないかと思い、勇んで宝くじ売り場に行きました。
すると現地で知ったのですが、今年の年末ジャンボは3種類もあるんだとか・・。
迷った末に、一番大きな夢と一番小さな夢を、少しだけ購入しました。
自宅に神棚はありませんので、大晦日までの適した保管場所がないのですが、取り急ぎ、書庫の一番上に置いてある御朱印帳の上に納めておくことにしました。