御朱印」カテゴリーアーカイブ

027 幽趣佳境

昨秋、京都ひとり旅で訪れた圓光寺で御朱印デビューを果たし、お正月には地元の神社と靖国神社で御朱印をいただきました。

まだまだ初心者ではありますが、御朱印は私を大いに虜にしています。
自分がこのような世界に興味を抱くとは、若い頃には想像がつきませんでした。

私にとって最初の御朱印帳は赤山禅院で購入したものです。
赤山禅院は都七福神・福禄寿のお寺です。
七福神めぐりは全国的にありますが、都七福神めぐりは日本最古なのだそうです。

その御朱印帳には、都七福神のイラストが印刷されていて、その隣に御朱印を書いていただけるような構造になっています。
そして、福禄寿のイラストの横には、赤山禅院の御朱印があります。

即ち、布袋尊や大黒天など、ほかの6つは空欄ということです。
空いているページを埋めたくなるのは自然な流れです・・。
ひとり旅から戻ってすぐ、私の心はまた京都に向いていました。

そして、
平成27年1月25日、
私は二度目の京都ひとり旅をしてまいりました。

日帰りで都七福神の残り6つを巡るのは時間的に無理がありましたので、ゑびす神社(ゑびす神)、六波羅蜜寺(弁財天)、革堂(寿老神)の3箇所を参拝してまいりました。
どの御朱印も非常に味わいのある素敵なものでした。

ゑびす神社は商売繁盛の神様ですから、一度行ってみたいと思っていました。
ここの第二鳥居の額束には、えべっさんの顔がついた福箕(みの)が掛けられていて、お賽銭を投げてここに入ると願いが叶うと言われています。

私も早速挑戦してみました。
右手に500玉を握りしめ、願いを込めてスローイング・・・。
初球はアウトコースに外しましたが、2球目はストライクでした(笑)。

因みに、毎年1月に行われる「十日ゑびす大祭」の際は、ものすごい人出になるため、
安全確保の観点から、布で覆って投げられないようにするそうです。

ゑびす神社02

 

ところで、革堂へ行くにあたって、少々妙な体験をしました。
祇園で昼食後、一澤信三郎帆布で買い物をしてから、タクシーに乗りました。
運転手さんに「革堂へ」と告げると、「知らない」というのです。

「正式な名前は行願寺です。都七福神のひとつなんですけど・・。」
と説明したのですが、やはりご存じない様子。

iPadを見せて説明すると、「ああ!下御霊さんのとこね」とおっしゃるので、まあ下御霊神社の隣りだから、まあいいかと思っていると、

「ワタシ、その近くの出身なのに、知らなくてショックですわ・・。しかし、ずいぶんとマイナーなところへ行かはるんですね。」

と運転手さんは言いながら、最終的に停めてくれたのが下御霊神社の裏門でした。
タクシーを降りた私は、神社の境内を横切らなければなりませんでした。

地元で有名なのかどうかは東京の人間である私にはよくわかりませんが、都七福神でもある寺社を、地元出身の方が知らなかったことに少々驚きました。

因みに、私が到着したとき、団体客ご一行様とバッティングしたため、境内は大変な混雑でした。特に御朱印所では10分くらい並びました。
タクシーの運転手さんも知らないお寺がこんなに混んでいるなんて、ちょっと皮肉ですね。

あ、それから革堂を参拝した後、下御霊神社にもお賽銭を入れてまいりました。
このままでは、ただ横切っただけになってしまいますので・・。
でも、御朱印は遠慮いたしました。
次回、キチンと正面から入ってお参りをし、頂戴しようと決めたからです。

最後に余談ですが、革堂は「かくどう」ではなく、「こうどう」と読みます。
その由来は以下の通りです。
——————————————————————————————————————————————
行円は仏門に入る前は狩猟を業としていたが、ある時、山で身ごもった雌鹿を射たところ、その腹から子鹿の誕生するのを見、殺生の非を悟って仏門に入ったという。
行円はその鹿の皮を常に身につけていたことから、皮聖、皮聖人などと呼ばれ、寺の名も革堂と呼ばれた。(Wikipediaより)

革堂御朱印

026 興味津々

昨年の11月に京都へひとり旅をし、御朱印デビューを果たしたことは既に投稿いたしました。

以来、御朱印に関するサイトをいろいろと調べました。
私にとっては新鮮そのものでした。

中でも最も印象に残っているのは、
「御朱印は集めるものではなく、集まるものです」
というフレーズです。スタンプラリーとは一線を画していることを肝に銘じないといけません。

私は以下のことを決めました。
1 御朱印をいただく寺社の由来や歴史を事前に調べてから参拝すること。
2 御朱印帳は神社とお寺を分けること。
3 京都の寺社とその他の場所の寺社の御朱印帳を分けること。

御朱印集めは、私の新たな趣味となりました。

まず、お正月に地元の神社でいただきました。
決して大きな神社ではありませんが、迫力ある毛筆が印象的でした。

そして、靖国神社でも頂戴しました。
ここは私の父の名付け親が眠っているので、子供の頃から毎年正月に参拝に訪れています。
御朱印はまるで書道のお手本のような、とても丁寧な文字でした。

その後、仕事で行った原宿の東郷神社でもいただきました。
東郷神社では御朱印よりも、御朱印帳が印象に残っています。
何と、キティちゃんの絵柄入りなのです。
どうやら新製品のようです。
御朱印とキティちゃんのコラボに胸をときめかせている自分に気味悪さを覚えつつ、神社を後にしました。

東郷神社御朱印帳

021 愉快活発

日本最古の活字を見たくて訪れた圓光寺さんでのこと。
拝観料を納めるとき、『御朱印 300円』という文字が目に入りました。

そう言えば、以前雑誌『HANAKO』で御朱印に関する対談記事を読んだものの、ちょっと敷居が高いような感じがして、十分消化しないままにしていました。

御朱印帳を用意しないといけないとか、浄土真宗のお寺ではいただけないとか、常識やマナーをまずは勉強しないとダメだな、という印象を抱いていました。

でも、圓光寺さんで私が見たのは、A5ほどの用紙に既に日付も記入されたもの。

勇気を出して『拝観料と御朱印もお願いいたします』と申し上げると、お寺のパンフレットと一緒に、袋に入った御朱印を下さいました。

奉拝 平成廿六年十一月十五日
南無千手観世音
瑞巌山 圓光寺

そう書かれた墨文字と朱色の印が織りなす芸術品・・。
記念すべき御朱印第一号を手にしました。
遠い昔の偉人と、少し繋がったような感覚がしました。

続いて訪れたのは詩仙堂さん。
拝観料を納めて中へ進むと、
『先に本堂を見学してください。あとから戻ることはできません。
とのアナウンス。

靴を脱いで本堂へ進むと、絵はがきなどと一緒に並べられた御朱印を発見。
しかも、圓光寺さんと同じスタイル。

『御朱印を頂戴したいです。』

ほんの少し「こなれた感」を漂わせて、初穂料300円を納めました。
わずか30分ほどで、2枚の御朱印が私の鞄に仕舞われました。

この日、最後の目的地は赤山禅院です。
ぜひここでも御朱印を頂戴したいと思っていると、
「御朱印は福禄寿殿でお渡しいたします」との看板発見。

アレ?ここは七福神に関連しているのかしらん・・。

私はそんなことも知らずに訪れていました・・。
掛け寄せ(集金)の神さんであることは予習していましたが、ここが全国の七福神めぐりの発祥とされる都七福神のひとつ、福禄寿のお寺であることを知らなかったのです。

福禄寿殿でお参りをしたあと、
「御朱印をお願いします。」
その口調は、超初心者であることを忘れているかのようでした。
すると・・、

「御朱印帳はお持ちですか?」

「あっ、あの〜、忘れました・・。というか持っていません・・。」

「そちらにある御朱印帳はイラスト入りでお奨めです。いかがですか?」

「はい、ぜひお願いいたします。」

即答でした。2,000円お納めしました。
若干ドヤ顔になっていた私に、冷や汗が襲いました。
赤山禅院さんは、書き置きではなく、その場で書いて下さるようでした。

予定していなかった御朱印集めでしたが、3つの御朱印を眺めていると何故か有難い気持ちになってきます。
思い切って圓光寺さんでお願いしてみて良かったとつくづく思います。

私の購入した御朱印帳は、都七福神のイラストが書かれていて、そのとなりに御朱印が書けるようになっています。
毘沙門天は東寺、弁財天は六波羅蜜寺、布袋尊は万福寺・・。
都七福神の御朱印はぜひ集めたいと思っています。

帰ってきたばかりなのに、もう行きたくなってしまいました。