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153 緊褌一番

今日は「平成」最後の日。
全国的に雨模様となりましたが、退位される陛下への涙雨でしょうか。

明日、新元号「令和」が施行されますが、この新しい元号には好意的な反応が多いそうです。
安倍首相としては、ホッとしたのではないでしょうか。

万保(ばんぽう)
万和(ばんな)
広至(こうし)
久化(きゅうか)
英弘(えいこう)

ほかにこれらが候補に挙がっていたと報じられていますが、令和が最も良い響きですね。

「令」という漢字が元号に用いられたのは初めてだそうで、「和」は20回目の使用とのことです。

各々の漢字の意味を、手元の漢和辞典で調べてみました。

令:命令する、おきて、きまり、おしえ、良き、善い、立派な・・
和:やわらぐ、なごむ、安らか、程良い、調う・・

なるほど。
元号に相応しい漢字です。

選ばれし学者は、然るべき字を提案しているんですね。

漢字といえば、昨年秋、漢検準一級試験に挑戦し、無残に敗北しました。

次回のテストはいつだろうか・・とサイトを見ていたところ、私が受けた「平成30年度第2回試験」に関するデータが掲載されていることに気付きました。

受検者数 4,779人
合格者     368人
合格率       7.7%

合格者は、実に13人に1人。
狭き門でした。
健全な理由とは言えないかも知れませんが、不合格を消化できた感じがしました。

ただ、負け犬のままでいるのも悔しいので、もう一度立ち向かうことに決めました。

ただ、受検するとなると、毎日勉強しなくて合格は覚束ないですし、空いた時間のほぼ全てを漢字の勉強に充てるくらいの向学心が必要です。

当初の予定では、6月16日の検定を受けようと思っていました。
しかし、4月になっても年度末同様の忙しさが続いており、なかなか漢字と向き合う時間が取れませんでした。

10連休を機に、とも考えましたが、現実的には、10月開催の2019年度第2回試験を目指すことになりそうです。

先に延ばせば延ばすほど、脳の老化は進むので、早めに再チャレンジしたいと思っています。

152 寸草春暉

3月18日は、両親の結婚記念日です。
そして、今日、60回目の記念日を迎えました。

26歳と22歳だった新郎新婦は、86歳と82歳の老夫婦になりました。

しかし、父はまだ毎日仕事をしています。
母も元気ですし、料理の腕前は鈍っていません。

結婚60周年を、一般的に「ダイヤモンド婚式」と呼ぶのだそうですが、夫婦揃って、仲良く、そして元気にこの節目を迎えられるのは、とても幸せなことだと思います。

農家の三男坊として生まれた父は、旧制中学卒業とともに、商人になるという夢を抱いて上京しました。
「“こうりひとつ”で東京に出てきた」と昔から父に聞かされていましたが、「こうり」とは「竹や籐などを編んで作った籠の一種」で「行李」と書くようです。
要するに、荷物ひとつだけを抱え、伊豆の田舎町から東京に出て来た訳です。

一方、母も裕福ではない農家に生まれ、高校に進学することができませんでした。
藁だか何かを編む内職を手伝うから進学させて欲しい、と家族に懇願したそうですが、父を早くに亡くしたこともあり、少女の希望は通りませんでした。
上の学校に進学する級友たちを羨ましく見ていたという母の気持ちを、私には推し量ることなどできません。

そして、同じ印刷会社で偶然働くことになった2人は、昭和34年に夫婦となりました。

中央区月島の狭くて陽当たりの悪いアパートから始まった新婚生活は、まもなく2人の子どもが生まれたこともあり、金銭的には苦労したそうです。

私が社会人になってから、「学習塾の費用の捻出が大変だった」と聞かされました。
その事実を知った時、少なからずショックを受けました。

小学生の頃から、私が行きたいという塾には、自由に通わせてくれました。
中学受験もしましたし(失敗に終わりましたが)、高校も「都立はここしか受けない」と背伸びをした挙句に不合格となり、授業料の高い私立高校に進むことになっても、異議やお小言はありませんでした。
大学はかろうじて国立大学に合格しましたが、追加合格だったため、私立大学に入学金と授業料として70万円近くを出費しました。

進学に関して、私の選ぶ道に反対されたことは一度もありませんでしたが、お金の苦労を子供に悟られぬよう、親は陰で苦労していたのでしょう。
自分たちは進学が叶わなかったので、子供にはきちんと教育を受けさせたいという思いもあったのだと思います。

また、体調面でも、決して順風満帆ではありませんでした。

母は50代で、大腸癌を患いました。
その後、肝炎を起こしたり、腸閉塞で入退院を繰り返すなど、健康を害していた時期もありますが、我慢強い母は、病に負けず、元気を取り戻しました。

父は、一昨年、心臓の手術を受けました。
80歳を過ぎてからの心臓バイパス手術に際して、術前、看護師さんにこう言っていたそうです。

「老人のボクだが、まだやり残したことがある。だから、もう少し生かして欲しい・・。」

どうやら、その本意は「もう少し会社の役に立ちたい。セガレの一助になりたい。」ということだったようです。

自ら会社を興す、即ち、商人になるという夢を叶えたのが44歳の時でした。
学歴も資格もなく、親からの援助も全くなく、ただがむしゃらに家族のため働いてきた父は、80を過ぎてもなお仕事への情熱が衰えておらず、その意欲にはただただ敬慕の念を抱いています。

果たして自分は何歳まで仕事ができるか、そして、子供にどれだけの愛情を注ぎ続けられるか・・。
親のマネは出来ないな、と思っています。

歳を重ねてから、両親は勉強熱心になった気がします。
父は本をよく読みますし、母は四文字熟語の勉強をしているそうです。

人間死ぬまで勉強だと、背中で教えられているように思います。
私も昨年不合格に終わった漢字検定準一級試験を、今年もう一度チャレンジしたいと思っています。

ところで、天皇皇后両陛下にとって、今年は『結婚60年、即位30年』の年にあたります。
今上天皇は、昭和8年12月23日のお生まれで、ご結婚されたのは昭和34年4月10日。
偶然ですが、父と同年齢で、結婚した時期も1ヶ月と変わりません。

先日、陛下の即位30年と、天皇皇后両陛下の結婚60年を祝って、宮内庁職員による茶会が行われたそうです。
私も60回目の記念日当日に届くよう、京都・権太呂のうどんすきを贈りました。
後日、改めて、ささやかながら食事会を開きたいと考えています。

151 蓋世之材

年齢を重ねるとともに、テレビをあまり見なくなりました。
夕食どきになんとなくテレビのスイッチを入れてはみたものの、興味のある番組がなく、結局消してしまうことも少なくありません。

そんななか、クイズ番組は比較的よく見ます。
なかでも「Qさま」と「東大王」が我が家のお気に入りです。

特に「東大王」で、現役東大生が難問をいとも簡単に解いていく様は、驚きというか、感動というか、痛快というか・・。
スポーツ選手も、イケメン俳優もいいけれど、ずば抜けて頭がいいのもカッコイイなと感じます。

そんな東大生の姿をテレビで頻繁に見かけると、本業の勉強が疎かになっていないかと思ったりもするのですが、それは凡人の杞憂なのでしょう。

ところで、私が20代のころ、「アメリカ横断ウルトラクイズ」という番組が一世を風靡しました。
国内の予選会を皮切りに、最後はニューヨークで優勝者を決めるという、壮大なスケールで人気を博しました。

突然ですが、上の写真は、さいたま市岩槻区にある久伊豆(ひさいず)神社の拝殿です。
この神社は、1987年に「アメリカ横断ウルトラクイズ」の国内第二次予選会場になったことで、知名度が急に上がりました。

何故ここでウルトラクイズの予選を開催したかというと・・

「久伊豆」が「クイズ」とも読めるから。

この名称を持つ神社は、埼玉県神社庁に登録されているだけで44社もあるのですが、何故ここが選ばれたのでしょうか。
久伊豆神社については、別の機会により詳しく書いてみたいと思います。

150 時世時節

政府は働き方改革を進めています。
その大きな課題のひとつに、長時間労働が挙げられています。
しかし、零細企業の経営者には、その是正はまるで縁のない話です。

今週末、土日ともに仕事をしました。

では、これがイヤかというと、そうでもありません。
むしろ仕事が手薄のときの方が、何倍も何十倍も重たいです。
零細企業とはそんなものだと、観念しています。

週末を仕事に費やすなら、楽しくやらない手はありません。
この時、抱えていた仕事は、すべてパソコン作業で、プリンターは不要。
ならば、今日だけ、ノマドワーカーになることにしました。

朝7時に自宅を出発して、まず向かったのは良く顔を出すカフェ。
ここで2時間以上、仕事をしました。
長居になりましたが、そこは顔なじみなので、許していただけるかなと・・。

その後、日比谷の帝国ホテルへ行きました。
「昼メシは、1階のパークサイドダイナーというレストランでステーキランチを食べる!」と、昨晩決めたのでした。
週末労働のご褒美といったところです。

帝劇で誰かを待ち受ける女性ファンの脇を抜けて、目的のレストランへ到着すると、ランチタイムを狙ったお客さんが、既に20〜30人並んでいました。

あちゃ・・と思ったものの、次から次へとお客さんが店内に案内されていきます。
結局、6〜7分後には、席に着くことができました。

メニューの「上高地フェア」に、若干気持ちが揺らぎましたが、初志貫徹でステーキをオーダー。
わさびとポン酢で、美味しくいただきました。
ライスの量を減らしてもらっても、十分お腹は満たされ、とても優雅な時間を過ごせました。

そして、最も関心したのが、スタッフのサービスです。

サラダを食べ終わり、器を下げると程なくして、
「ステーキランチ、ミディアムレアでご用意いたしました。」

ステーキを食べ終えると、間髪を入れず、
「紅茶をお持ちいたしました。お食事のお皿はお下げいたします。」

流石は一流ホテル。
このタイミングがまさに絶妙でした。
接客を通して、営業職の大切な基本を、改めて教えられた気がしました。

57歳・中年男のご褒美として、4,680円のステーキランチ。
たまには良しとしましょうか。

食後は、予約をした日比谷ミッドタウン内のワークスペースに行きました。
こういったスペースは都内のいたるところに存在するそうですが、私はここしか利用したことがありません。

私が借りたのは、1人用の「シングル」。
電源、wifi、コピー機、プリンター、スキャナーが設置されていて、もう少し人数の多いワークショップなどのために、プロジェクターやホワイトボードも用意されています。

それから、入店時にワンドリンク、いただけます。
追加の注文は、QRコードを読み取って、スマホから可能です。

隣席とは仕切りがあり、しかもカウンターにズラリと座るのではなく、1人用の席は2つ並んでいるだけなので、周囲はあまり気になりません。

仕事を始めて、ふと気付いた時は、入店から2時間15分が経過していました。
結局、夕方まで、4時間居座りました。
カフェに併設された場所なので、静寂の中という環境ではありませんが、仕事は順調に捗りました。

ここは、料金が安いのも魅力です。
この日、4時間で2,100円です。

ノートパソコンさえ持っていれば、様々なところで仕事ができるこの時代。
私がこの業界に入った活版印刷の時代は、遥か遠けき忘却の彼方ですね。

149 歌舞音曲

映画「ボヘミアンラプソディ」が、昨年来、大ヒットになっています。
世代を超えて、多くの人に支持されているのだそうです。

振り返ってみると、私が洋楽を聴くようになったのは、中学生の時でした。
ラジオから流れていた、Pilotの「Magic」がきっかけだったと記憶しています。

また、KC & the Sunshine Bandの「That ‘s the way (I like it)」やVan McCoy and the Soul City Symphonyの「The Hustle」にも感動しました。

そして、Grand Funk Railroadの「The Loco-Motion」を聞いたとき、音楽の関心は、洋楽へ完全に移行しました。
こんなカッコイイ歌があるんだ!と、心揺さぶられたのを、今でもよく覚えています。

この曲はその後、Kylie Minogueがカバーしました。
カッコイイ曲が愛くるしい曲に変身し、Official Music VideoはPopで可愛くて印象的でした。

歌い手は替わっても、「The Loco-motion」はずっと好きでした。
しかるに、元々1962年にLittle Evaがヒットさせた曲であることを、当時はよく分かっていませんでした・・。

それから、忘れてはならないのは、Olivia  Newton-John。
「Let me be there」を歌う姿は、中学生の山田少年には衝撃的な美しさでした。
麻丘めぐみのファンだった私の憧れの的は、音楽の興味とともに海を渡りました。

少々話が逸れました・・。

若い頃、私はクイーンの良さが分かりませんでした。
Killer Queenの発売が1974年、Bohemian Rhapsodyはその翌年ですから、私は既に洋楽を聴いていましたが、あの「コーラス」が好きになれませんでした。
大人の
合唱団か?と思ったくらいでした。

ですから、カミさんから「Queenの映画を見に行こう!」と誘われた時も、「付き合ってもいいよ」という程度でした。
結局セガレも巻き込んで一家で鑑賞しましたが、「ここ数年に観た映画の中で、一番良かった」ですね。

そして、この週末、カミさんと2人で、再び鑑賞しました。
しかも「ドルビーアトモスのプレミアボックスシート in 日本橋」とゴーシャスにしました。

そもそも私は、同じ映画を2度鑑賞するのは好きではありません。
ストーリーが分かっているのに、どうしてもう1度観るのか、理解できないのです。

ただし、今回はコンサートを見に行く、という感覚にしようかなと自分に言い聞かせました。
そこで、音の良い劇場で高級なシート、と雰囲気を変えて鑑賞しようと思ったのです。

生涯初の複数回鑑賞でしたが、観に行って良かったと思います。
1度目とは、少し違った視点で見ることができた部分もありました。

ただ、プレミアボックスシートは、悲しい映画向きかも知れません。
周囲を気にせず、号泣できますから。

ところで、フレディの恋人役を演じていた女優さんが、とてもキレイな方でした。
ネットで調べてみると、ルーシー・ボイントン(Lucy Boynton)さんという女優さん。

ニューヨーク生まれイギリス育ちの24歳。
ふむふむ。
ちょっと応援しちゃいましょうかね。

ん??
フレディ・マーキュリー役のラミ・マレックと、私生活でも交際している??

図らずも、ちっちゃなジェラシーを感じました。

148 新春万福

明けましておめでとうございます。

平成最後の正月は、仕事に費やす時間が例年よりも多かった気がします。
元日の朝も、5時半に起きてパソコンに向かいましたが、根が貧乏性なので、こういう生活は案外キライではありません。

とはいえ、家族サービスも大事な仕事のひとつですので、2日に東京を発ち、京都へ行ってきました。

セガレを授けてくださった上徳寺さんへのお礼参拝が主たる目的ですが、今回の旅のテーマは「七福神めぐり」と決めました。
全国に七福神めぐりは数多くありますが、京都の「都七福神めぐり」は、日本最古と言われています。
松の内にめぐると、より功徳が得られると言われていますので、時期的も最適でした。

最も南に位置する黄檗宗大本山の萬福寺からスタートし、東寺、松ヶ崎大黒天、赤山禅院、ゑびす神社、六波羅蜜寺、革堂の順にめぐり、2日間で結願しました。

B3ほどある大きな色紙を、実家の分と合わせて3枚抱え、北へ南への移動は少々骨が折れました。
ゑびす神社へ向かう途中では、突然の降雨に見舞われ、色紙の墨が流れてしまうのではないかとヒヤヒヤしました。

そんな苦労の末に完成した色紙です。
ホテルの窓際で撮影してみました。
日本の正月らしい、縁起のいい画像で充足感がわいてきます。

ところで、東京都内にも数十の七福神めぐりがあると言われていますが、その中のひとつ、下町情緒あふれる深川七福神のコース内に、弊社は位置しています。

最も近いのは、大黒天を祀る円珠院さん。
弊社から徒歩2分ほどです。

従って、1月上旬はいつもより人の往来が増えます。
先頭を行く人が旗を持った団体さんも見かけます。

ですから、余ったカレンダーや手帳をダンボール箱に入れて、「ご自由にお持ちください」と添えて会社の外に出しておくと、あっという間になくなってしまいます(笑)

 

最後に、七福神めぐりとは関係ない話題をひとつ。

京都で七福神めぐりを開始する前、清水五条の近くにある「マールカフェ」で昼食を食べました。
ここはGoogleで偶然見つけたのですが、かつて、ガイドブック等で見た記憶がありません。

私がオーダーしたのは、1日10食限定の「マールバーガー」。
昨年は、四条木屋町の「キルン」でハンバーガーを食べましたが、負けず劣らずの味でした。
(旅先でハンバーガーばかり食べている訳ではありませんが・・)

特に、パテの上に乗っていたアボカドが、生ではなく揚げてあり、これがなんとも新鮮でした。
パスタやスープカレーなど、マールバーガー以外のメニューもとても美味しく、大変満足でした。

入口がわかりにくい古いビルの最上階にあり、人荷兼用のような危なっかしいエレベーターで向かうのですが、ぜひお薦めしたいお店です。

 

147 三拝九拝

私は、学会や研究会関連の仕事に携わることがよくあります。
しかし、これまで学会に参加したことはありませんでしたが、先週末、初めてその機会に恵まれました。

静岡県立大学で開催された、第8回日本在宅看護学会学術集会に参加させていただいたのです。
しかも、お邪魔させて欲しい、と申し出たところ、副理事長先生のご配慮により、ご招待(参加費免除)の扱いにしていただきました。
それでは、現地の先生方に差し入れをご用意いたします、とお約束しました。

というのも、準備期間中、静岡県立大学のご担当の先生が、2度にわたって、静岡名物のお菓子を宅配便の荷物に同梱してくださったのです。
そこで、今度は私が東京土産をお返ししよう、と思ったわけです。

購入したのは、CAFE OHZANの「クロワッサンラスク」。
今、一番人気といえば「N.Y.C.SAND」かと思ったのですが、金曜日夕方、待ち時間が1時間半以上でしたので、諦めました。
「ここが最後列」と書かれた看板には「お一人様10万円までにお願いします」とのメッセージもありました。
異常な人気に乗じて、横流しにする輩がいるのではないでしょうかね。

さて、当日は、気温こそ少し低めでしたが、朝から晴天となりました。
せっかく静岡まで行くのですから、少し早めに出発し、静岡天満宮と静岡縣護国神社を参拝しました。
好天に誘われ、駿府城公園も散策しました。
下は駿府城公園内の紅葉山庭園です。

引き出し状の大きな箱に入ったクロワッサンラスクを抱えつつ、楽しい時間を過ごすことができました。

さて、肝心の学会では、その大きなお菓子の箱を、静岡県立大学の先生に直接お渡しすることができましたし、10名近くの先生に、日頃の感謝をお伝えすることができました。

また、昨年私がご迷惑をお掛けした山梨県立大学の先生にも、お詫び申し上げることができました。
1年遅れになってしまいましたが、胸のつかえが取れた感じがしました。

ただ、数名お目に掛かれなかった先生がいらっしゃいます。
次回は、新宿での開催が決まっていますから、来年の課題にしたいと思います。

146 残念至極

私の愛車は、トヨタのエスティマです。
現在乗っているのが通算4台目ですから、15年以上エスティマに乗っています。
故障はしませんし、外観も内装も気に入っています。

そのエスティマが、2019年12月をもってモデル廃止となるというニュースを目にしました。
かなり長い間モデルチェンジをしていないので、そのうち消滅するのではないかと囁かれていましたが、どうやら本当になくなってしまうようです。
残念です。

何となくなのですが、お気に入りだったものが消滅してしまうことが、人に比べて多いように感じます。
一旦気に入ると、同じメーカーを買い続ける傾向があるので、憂き目にあうことになるのでしょうか。

印象的なのは、愛煙していたタバコ「チェロキー」が消えたときです。
タバコの銘柄が生産中止になることは珍しくありませんが、当時は随分とショックだった記憶があります。
というのも、1990年の発売開始時は様々なキャンペーンを行い、大々的に売り出した印象があるのですが、わずか4年後の1994年に発売が中止されたのです。
パッケージも、なかなかオシャレだったんですが・・。

洋服のブランドもいくつかなくなりました。
20台後半にお気に入りだったメンズファッションブランド「TAKEZO」もそのひとつです。
ちょっと奇抜なデザインが好みだったのですが、ある日いつもの百貨店(上野のマルイだったか・・)に行くと、ショップが見当たりません。
近くの店員さんに尋ねると、「ブランドごと消滅した」と聞かされました。

一時期、ビジネススーツは「Mosccino」というブランドばかり購入していました。
ダブルが流行っていた頃ですから、かなり以前のことですね。
これまたいつもの百貨店(日本橋三越だったか・・)のスーツ売り場に行くと、このブランドだけが見当たらないため、店員さんに確認すると、メンズビジネス分野から撤退したとのことでした。

「Burberry Black Label」は50歳くらいから、私服としてよく買うようになりました。
クリアランスセールを行わないブランドなので、アウトレットで購入することも多くありました。
が、ご存じのように三陽商会とイギリス・バーバリー社とのライセンス契約が切れたため、2015年末に消滅しました。

最も残念だったのは、「JAZZINN」です。
あるサイトでは「最も有名な伝説のドリンク」と紹介されている幻の飲料です。
1990年に日本ペプシコーラから発売されたこの製品は、平たく言うと「炭酸入り紅茶飲料」。
コレ、絶品でした。
かなりの頻度で飲みました。
しかし、2〜3年でひっそりと市場から姿を消しました。

そういえば、スナック菓子「カール」が、昨年秋に中部地方以東での販売を終了しましたね。
これは、私、さほど積極的には食べておりませんでした。

145 秀色神采

今月に入り、有難いことに忙しい日々が続いています。
私の忙しさのバロメーターは、ランチのサンドイッチ率です。

多忙になるとお昼をゆっくり食べる時間が惜しくなり、サンドイッチを買って、車を運転しながら食べることが増えてしまいます。
最近のサンドイッチ率は、50〜60%という感じでしょうか。

運転しながらの食事は誉められたことではありませんし、ましてや50歳も半ばを過ぎましたので、若い頃のように無理がきかなくなってきました。
仕事をこなすことと、カラダをいたわることのバランスも考えなければなりません。

そこで、この週末、1日だけ東京から逃亡することにしました。

向かったのは京都です。
観光客で溢れかえる紅葉のシーズンですから、移動を極力なくし、嵐山・嵯峨野地区だけを巡りました。

まず訪れたのは、渡月橋です。
7:30前には到着しましたが、既に三脚を構えた人や女子グループらもいて、ガラガラではありませんでした。

お世辞にも紅葉真っ盛りとは言えない風景でしたが、タクシーの運転手さんによると、桜の木が異常気象でダメージを受け、美しさを半減させているのだとか。
川沿いに妙な曲がり方をした街灯がありましたが、これも台風の仕業だと教えてくれました。

残念ながら、今年は例年のような美しさは望めないかも知れませんね。

そのあと参拝した常寂光寺や二尊院、天龍寺塔頭の宝厳院などでは、非常に美しい景色を楽しむことができました。
撮影スポットは当然黒山の人だかりなので、思うような写真を撮ることはできませんでしたが・・。

宝厳院

御朱印もたくさんいただくことができました。

多くの参拝者に対応するため、書き置きのところも多かった中、厭離庵でこんな御朱印をいただきました。
しかも、目の前で書いてくださいました。

パンフレットによると、ここは「藤原定家が小倉百人一首を編纂した処」とあります。
定家が詠んだ歌なのかと思いますが、詳細は調べてみないといけません・・。

 

混み合うのは覚悟のうえでしたが、予想通り、いや予想以上の尋常ではない混雑ぶりでしたし、弾丸ツアーではありましたが、明日の英気を養うことができました。
残りの週末、仕事に励みたいと思います。

ところで、嵯峨野散策の途中、御髪神社(みかみじんじゃ)も参拝しました。
ここは、日本で唯一の「髪」の神社です。

10円玉が目立つお賽銭のなかへ、友人の分も合わせて100円玉を2枚納めてきました。
自慢げに仲間にLINEを送ったところ、
「自分の薄毛の状況を考えたら、もっと奮発すべきじゃないの」
と叱られました。

危機感がやや足りませんかね・・。

144 臥薪嘗胆

漢検準一級の受検が終わり、2週間が経ちました。
今回の受検を一言で表すと「撃沈」です・・。

予想はしていましたが、想像以上に本試験問題の難易度が高かったですね。
試験問題は「読み」から始まるのですが、「田爺」という問題を見たとき、「なんだこりゃ・・」と感じ、その後の「共通する漢字」で打ちのめされ、「誤字訂正問題」で袋叩きに合い、「四文字熟語」のところで心が折れました。

四文字熟語は、単語帳3冊分を覚えました。
テキストに掲載されていたものは、ほとんど書き写し、勉強したつもりです。

しかし、意味と読みを問われる問題の選択肢8つのうち、知らない四文字熟語が4つも出題されました。
ここで、キレたというか、諦めたというか、やさぐれたというか・・、様々な感情が交錯して、自分をコントロールできなくなってしまいました。

この時点で負けが確定しましたね。
本番に弱いタイプではないと自負していましたが、平常心で臨むことができませんでした。

会場を出てから「田爺」をググってみましたが、出てくるのは台湾のレストランばかり(笑)。
後日、模範解答が郵送されて、「でんや」と読むことをようやく知りました。
私は「でんじ」と解答しました・・。

合否発表はまだ先ですが、自己採点が153点ですから、実際は140点そこそこではないでしょうか。
悔しさだけが残った漢検準一級への挑戦ですが、このまま引き下がる訳にはいきません。
今年6月に開催された平成30年度第1回試験の合格率が6.3%だったことを考えると、非常に狭き門ではありますが、いつか合格を勝ち取りたいと思っています。

因みに、今日10月27日は「文字・活字文化の日」だそうです。
特に意味はないのですが、リベンジを誓う日としては最適なのかと思います。
もう57歳、まだ57歳・・。
「雨垂れ石を穿つ」の心持ちで、努力していきたいと思っています。